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杉山 衛×高嶋 ちさ子

GINZA CONNECTIVE VOL.24

杉山 衛×高嶋 ちさ子

2013.09.03

ヴァイオリニストの高嶋ちさ子さんと、銀座人たちの対談シリーズ。高嶋さんにとって銀座は、仕事でもプライベートでも思い入れのある街。そんな高嶋さんに、ゲストの方をお迎えして銀座のあれこれをディープに聞いていただきます。今回のゲストは、明治時代から続く老舗の寿司屋「銀座寿司幸本店」の四代目主人・杉山衛さんです。

創業128年、四代目だからこそのお客様との付き合い方があります

高嶋さん
「銀座寿司幸本店」さんは、創業何年ですか?
杉山さん
明治18年ですね。
高嶋さん
じゃあ、今年でもう100年以上なんですね。
杉山さん
そうです。128年になりますね。僕で四代目になります。
高嶋さん
じゃあ、創業100年のときは、盛大にパーティーでもされたんですか。
杉山さん
いえいえ、なるべく目立たないように生きているんで(笑)。
高嶋さん
いやいや、全然説得力がないですよ(笑)。
杉山さん
なんかそういうことをやるとね、逆にお客様を失ったりする場合もあるんですよ。あの人を呼んだのに、この人を呼ばないとか。この人とこの人はいるのに、何で俺の名前は入らないんだとか…。
高嶋さん
へー、恐いですね~。
杉山さん
銀座という土地柄もあって、そういう部分は難しいんですよ。重要無形文化財を受けるような方々もいらっしゃいますし、老舗ならではの気づかいを持って、お客様と接しています。

関東大震災前の寿司屋は全部テイクアウトでした

高嶋さん
寿司幸さんは歴史のある江戸前寿司のお店ですが、現代のお寿司と江戸時代のお寿司の違いを教えていただけますか?
杉山さん
決定的に違うのは、江戸時代の高級店というのは、店の中では一切食事をさせなかった。テイクアウト専門なんですよ。みなさんのイメージでは、江戸時代からカウンターの席があったと思っている方が多いですけど、そんなのはない。
高嶋さん
そうなんですか?知らなかったです。
杉山さん
店の中で食べるようになったのは、関東大震災の後。町が焼け野原になって、みんな無一文になっちゃったんですよ。そのときに、関西割烹の人たちが東京に乗りこんできたわけ。で、関西割烹のスタイルが東京に浸透していったの。そこで関西割烹から来た、カウンター席が寿司屋でも始まったんですよ。それまではすべてテイクアウトか出前。出前と言っても高級出前ですけど。
高嶋さん
そうなんですか。生ものだからなんとなく目の前ですぐ食べるというイメージだったんですけど。
杉山さん
そう、だから寿司屋と言っても、当時は火を入れたり、醤油漬けにしたり、全部手を加えたものを出してたんですよ。昔は冷蔵庫もなければ、氷もない。だから、そういうしっかり味付けしたものを作って出していました。
高嶋さん
それが江戸時代の江戸前寿司。
杉山さん
はい。今の寿司とは全く似ていないものです。
高嶋さん
本当ですね。でもよく考えてみると、昔の日本の文学書とかを読んでいてもカウンター席のシーンはないですね。
杉山さん
ない、ない。志賀直哉の作品で初めて出てくるんですが、それまでないんですよ。江戸時代の文献を調べても、まずお寿司を食べているシーンは出てこない。それに、レシピも残ってない。
高嶋さん
音楽も似ているかも。例えば、雅楽も楽譜とかは残っていなくて、聞きおぼえながら伝わっていっていますもんね。
杉山さん
結局、文化は口伝とかそんなもんですね。書いたものもあったんだろうけど、結局全部燃えちゃったから、ちゃんと残っているものがないんですね。

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