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亀岡 幸子×高嶋 ちさ子

GINZA CONNECTIVE VOL.45

亀岡 幸子×高嶋 ちさ子

2015.07.07

ヴァイオリニストの高嶋ちさ子さんと、銀座人たちの対談シリーズ。高嶋さんにとって銀座は、仕事でもプライ ベートでも思い入れのある街。そんな高嶋さんに、ゲストの方をお迎えして銀座のあれこれをディープに聞い ていただきます。今回のゲストは、「対鶴館(タイカクカン)」の代表取締役、亀岡幸子さんです。

住職から宮家へ仕えることに。有栖川宮と深い縁があった創業者

高嶋さん
対鶴館の歴史をお聞かせください。
亀岡さん
創業は明治の始め頃です。私で5代目になります。
高嶋さん
創業者はどんな方だったんですか?
亀岡さん
元は広島出身の住職だったんですよ。それが奇遇にも、宮家につかえることになりまして……。
高嶋さん
どういう経緯があったんですか?
亀岡さん
有栖川宮様が日本をまわられた時に、たまたま創業者の寺に泊まったことがきっかけです。一晩で人物を気に入って頂き、「坊さんを辞めて自分についてきてほしい」と言われた創業者は、そのまま宮家に仕えることになって銀座まで出てきたそうです。
高嶋さん
そんなこともあるんですね!
亀岡さん
不思議なご縁ですよね。当時は銀座の土地に今ほど価値はなかったのだと思いますが、現在のこの土地をいただくことになり、地方から出てくる人のために旅館を始めたんです。それがこの対鶴館(タイカクカン)です。

銀座のシンボル「赤レンガ」「柳」「ガス灯」への想いを込めた対鶴館ビル

高嶋さん
対鶴館のネーミングの由来はあるんですか?
亀岡さん
創業者の苗字の〝亀岡〟にちなんで「亀(カメ)対 鶴(ツル)」だということ、また有栖川宮家のご紋が鶴が二羽相対していたということで、宮様が命名されたそうです。
高嶋さん
おもしろいですね。では最初はこの場所で旅館をされていたんですね。
亀岡さん
ええ、中国から亡命してきた孫文も宿泊したという記録が残っています。2代目になると、これからは石油の時代だということで旅館を廃業し、現在の株式会社亀岡商会を設立しました。今は石油事業と不動産事業だけでなく、このビル(対鶴館)で、「CINQ(サンク)」というワインレストランを経営し、飲食事業にも力を入れています。
高嶋さん
レストランはいつ頃から?
亀岡さん
このビルは、3代目にあたる私の祖父が建て替えたのですが、そのときに始めたので昭和50年(1975年)になりますね。銀座で働く人が寛げるための場所にしたいということで、当初はカフェとしてオープンし、今は4代目の父のワイン好きが高じてワインレストランとなりました。今年はちょうど40周年で秋にかけてリニューアルしますので是非遊びにいらしてください。
ビルの建て替えにあたって、祖父は外装の赤レンガにこだわったのですが、銀座のシンボルである「赤レンガ」「柳」「ガス灯」への想いがあったからだそうです。
高嶋さん
銀座の街のなかでも目を引く建物ですよね。
亀岡さん
以前は、野村証券の店舗が入っていましたので、この赤いレンガ造りビルというと、野村証券のイメージが強い方もいらっしゃると思います。当時は1階に株価掲示板があって、よくテレビに映し出されていましたから。
高嶋さん
確かに言われてみればそうですね。ニュースで見ていた記憶があります。時代の移り変わりを感じますね。

竣工時の対鶴館

CINQ(サンク)店内

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