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渡邊 章一郎×高嶋 ちさ子

GINZA CONNECTIVE VOL.37

渡邊 章一郎×高嶋 ちさ子

2014.10.07

ヴァイオリニストの高嶋ちさ子さんと、銀座人たちの対談シリーズ。高嶋さんにとって銀座は、仕事でもプライベートでも思い入れのある街。そんな高嶋さんに、ゲストの方をお迎えして銀座のあれこれをディープに聞いていただきます。今回のゲストは、明治時代から続く浮世絵界の重鎮、「渡邊木版美術画舗」の代表取締役、渡邊章一郎さんです。

浮世絵版画の寿命を100年は延ばしたのが、祖父・渡邊庄三郎でした

高嶋さん
お店の歴史について教えてください。
渡邊さん
明治30年代に、祖父の渡邊庄三郎が茨城から上京し、質屋を経て貿易商に入り、10代半ばで浮世絵の輸出をやることになったんです。そこで浮世絵のノウハウを叩きこまれ、1909年に独立し、京橋で「渡邊木版美術画舗」を構えたのが始まりです。
高嶋さん
現在、浮世絵が世界的に人気になっているのには、どのような時代背景があるのですか?
渡邊さん
あと数か月で明治になるという幕末、1867年にパリで万博があり、徳川幕府が1万点とも言われる浮世絵を出展したんです。幕府にとって浮世絵なんてそれほど価値のないものでしたから、現地で売ってそれを旅費にして来いと言われたんですね。そしたら飛ぶように売れて、それ以来海外で浮世絵が大変なブームになったんですよ。日本では浮世絵は庶民が誰でも買えるもので、蕎麦1杯分、今でいうと400~500円くらいの値段で買えたものなんです。楽しむためのものにすぎなかったから、飽きられたら捨てられるものだったんです。外国人が浮世絵を芸術とみなしてくれて、大事にしてくれたおかげで今こうして残っているんです。
高嶋さん
私、アメリカに留学して初めて、ボストン美術館やスミソニアン博物館で浮世絵を目にしたんですよ。
渡邊さん
ええ、ありますよね。
高嶋さん
そしたら、きちっとしたお部屋にポジションをいただいて、恭しく飾られてあるのにびっくりしました!
渡邊さん
その通りです。浮世絵版画というものは、世界的に見ても日本にしかない独自のものですからね。
高嶋さん
大事にしていかないといけませんね。
渡邊さん
日本では二足三文だった浮世絵が、外国人に喜んでもらえる、しかもお金儲けもできる、そんないい事はないですよね。どんどん輸出が盛んになったんです。そのなかでも、外国人が好む図柄というのは決まっているんです。しかし、オリジナルは多くは残っていない。そこで、復刻版という形で職人さんに作ってもらい、オリジナルより安く販売して成功したのが祖父でした。
高嶋さん
既存のものを、ただ売るだけじゃなかったんですね。
渡邊さん
浮世絵の復刻版の作り方をマスターして、外国人に売ったらウケたんですよ。それで、大正4年くらいから、当時の画家に今風の浮世絵を作ろうよと呼びかけたんですが、賛同してくれる人がいなかったんです。

ちょうどその頃、外国人がたくさん来日するようになっていたんですが、オーストラリア人のカペラリさんという人と祖父が意気投合し、一緒に作品を作り始めたわけです。その後、2年間世界旅行をしていたイギリス人水彩画家のバートレットさんが自分の作品を木版画にしたいと言ってきて、今までの浮世絵にはないような作風が登場しました。以後、伊東深水、川瀬巴水をはじめとした多くの作家たちから、数々の作品が誕生し、日本が誇る芸術として海外でも大変人気があります。
昭和30年代になりますと、二代目である父が伝統的な木版画と新しい創作版画の勉強会を10年間開講し、職人から職人へと技術が受け継がれ、今日では日本の版画が世界一と評価されるようになりました。こういった功績もあり、「渡邊木版美術画舗」が、浮世絵版画の寿命を100年は延ばしたと言われています。

川瀬巴水 作:左「日本橋(夜明)」 右「平泉金色堂」

印象派の画家たちに影響を与えた浮世絵

高嶋さん
なぜ、海外の人たちは、そんなに浮世絵に熱狂したんですか?
渡邊さん
西洋の人たちは、絵の勉強をするときに、どれだけリアルに描くかということが大切だったので、見たままに描くんです。もちろん、個性が出るからそれはそれで素晴らしいのですが、浮世絵は、自分が描きたいものしか描かない。例えば、歌川広重の浮世絵には、『駿河三保之松原』などのように鳥の目線になって描いたものがたくさんあるんです。高いところから見下ろすアングルというのは、山にでも登らない限りありえないけれど、広重の場合は自分が描きたいから描いてしまう。このような描き方は西洋では珍しかった。

他にも、『亀戸梅屋敷』などのように景色を遮るものが手前に描かれる大胆な構図など、西洋の人たちの常識から外れた手法が受け入れられたのだと思います。
高嶋さん
あまり絵画は詳しくないんですけど、ちょうどその頃、西洋では印象派の時代だったんですか?
渡邊さん
そうですね。印象派の画家で浮世絵に影響を受けた人はたくさんいて、ゴッホなんかは浮世絵を模写したり、背景にした油絵も描いていますね。
高嶋さん
へえ~、面白いですね。
渡邊さん
浮世絵は、もともと今でいうとテレビや雑誌のような存在で、浮世絵師というのは、当時のファッションリーダーだったんです。彼らが描く美人画には、最新のファッションや小物が描かれていたので、参考にしたいおしゃれな女性たちにも売れたんです。
高嶋さん
完全にファッション誌のような役割だったんですね。

歌川広重 作:左「駿河三保之松原」 右「亀戸梅屋敷」

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