銀座たてもの探訪

銀座たてもの探訪

銀座たてもの探訪 第4回 第1菅原ビル

いつも身近にあったものが年月を経て貴重なものになっていた…生活骨董などはその最たるものかと思いますが、今日はそんな建物をご紹介します。ちなみにこちらは現役の企業のオフィスですから、一般の方は立ち入りや見学はできません。この連載のための特別公開です。

銀座七丁目のすずらん通りと花椿通りの角に鎮座する第1菅原ビル。2Fと3Fの椿屋珈琲が目印。
銀座七丁目のすずらん通りと花椿通りの角に鎮座する第1菅原ビル。
2Fと3Fの椿屋珈琲が目印。
宇井野
銀座には有名な歴史的建造物から最新のモダンなビルまでいろんな建物がありますが……中には意外に知られていないけれども、すごく歴史のあるビルもあるのですよね。
荻窪
もしかして、豊岩稲荷のはす向かいにあるあそこでしょうか?
宇井野
はい、以前から気になっていた素敵なアンティークな建物です。
荻窪
銀座のガイドを見てもあまり触れられてないけど、一見してすごく古くて渋いビルがあったんですよね。
宇井野
その第1菅原ビルを見学させていただけることになったんです。
荻窪
行きましょう行きましょう。今は(2025年夏)ちょうど隣接しているビルが建て替えのため更地になっていてビルの壁までよく見えるんです。ある意味ラッキーです。真新しいビルと歴史的建造物といってよさげなビルが混在しているのも銀座の面白さですよね。
中央に写っているのが第1菅原ビル。隣接地が更地になったため「菅原電気」の文字が現れた。
中央に写っているのが第1菅原ビル。
隣接地が更地になったため「菅原電気」の文字が現れた。
花椿通り側から見た第1菅原ビル。壁にある菅原電気の文字とライオンのマークは、つい最近まで隣のビルで隠されていた。それが取り壊されたことで出現。
花椿通り側から見た第1菅原ビル。壁にある菅原電気の文字とライオンのマークは、
つい最近まで隣のビルで隠されていた。それが取り壊されたことで出現。
宇井野
隣のビルの建て替えタイミングのおかげで、菅原電気という社名とかっこいいライオンのトレードマークが見えますね。この壁面、いずれは隠れてしまうのでしょうから今のうちにたっぷり鑑賞しなくちゃ。
赤いライオンに「SUGAWARA」と書かれたロゴ。明治時代に制定された伝統のロゴだ。
赤いライオンに「SUGAWARA」と書かれたロゴ。
明治時代に制定された伝統のロゴだ。
荻窪
菅原電気株式会社って明治時代創業なんですね。もともとは電気絶縁材料や絶縁テープの会社だったようです。
宇井野
歴史のある会社ですね。ではそろそろ時間なので中に入りましょう。特にエントランス上の円い窓がいいですよね。エントランスには「第1菅原ビル」とあります。すごく古そうですがいつ頃建てられたのかしら。
近くで見ると、その古さがわかる。ビルの入口には「第1菅原ビル」とある。
近くで見ると、その古さがわかる。ビルの入口には「第1菅原ビル」とある。
荻窪
菅原電気のWebサイトに昭和8(1933)年に本社ビル建造と書かれているので、戦前ですね。調べてみると、竣工は昭和9年のようです。歴史的建造物といっていいかも。
宇井野
ではお邪魔しましょう。あれ? このエレベーター、ドアが手動?
エントランスの正面にエレベーターがあるが、手動開閉式。
エントランスの正面にエレベーターがあるが、手動開閉式。
荻窪
しかも、階数表示が針! 昔のエレベーターがそのまま使われているのですね。会社が入っているオフィスビルで現役で使われていて、それが銀座にある!ってのはびっくりかも。階数表示が少し天井に埋まっているのは、ビルの改装時に配線か配管を通す必要があり、階数表示に食い込んでしまったのでしょうね。
エレベーターの階数表示は昔ながらの針式。エレベーターのかごは針が指すすフロアにある。
エレベーターの階数表示は昔ながらの針式。
エレベーターのかごは針が指すすフロアにある。
宇井野
では乗り込みましょう。おっとその前にこの連載を読んでくださっている皆様に注意事項です。今回、わたしたちは取材許可を頂いてエレベーターを操作しておりますが、ここは現役のオフィスビルであって観光地ではありませんから、勝手にビルに入って操作したりしないでくださいね。
荻窪
皆様、くれぐれもお願いします。さて手動開閉式エレベーターの特徴は、ドアが自動で開閉しないこと。当たり前ですね。エレベーターのドアはどれも「かご」(実際に昇降する部分)と、シャフトドア(外側のドア)の二重のドアがあって、それが連動して動作しますが、手動開閉式の場合はそれぞれを自分で開け閉めしなくてはなりません。そのための手順があり、初見では難しいのですね。では乗り込みましょう。
まず外側の扉を開いてから内側を開く必要がある。
まず外側の扉を開いてから内側を開く必要がある。
宇井野
外の扉をあけて、さらに内側の蛇腹の扉をあけます。どきどきしますね。お、そしてなかなか重い扉です。乗り込んだら、外側の扉を閉め、かごの扉を締めます。よいしょっと。でもかごの中の操作パネルは新しい普通のエレベーターです。
エレベーターの中から。右手に見える操作パネルは現代のものだ。
エレベーターの中から。右手に見える操作パネルは現代のものだ。
荻窪
というわけで、わたしたちは担当の方に菅原電気さんと第1菅原ビルについてあれこれ伺ってきました。先ほどのエレベーターの話ですが、古いビルなのでエレベーターシャフトが狭くて現在の規格に合わず、リニューアルができなかったのではないかという話でした。なので扉とかごは当時のまま。ただし、ロープや制御部品は新しい機構のものにリプレースされてるので安心です。
宇井野
手動開閉式の特徴で、エレベーターを降りたら手動でしっかり扉を閉めないと、他のフロアからエレベーターを読んでもかごが動かないそうです。ときどき、エレベーターを呼んでも来ない時が。その場合は、階段でかごが止まっているフロアを確認しにいく羽目になることもあるそうで。
外の扉を開くと内側にじゃばらの扉が。古い映画でみかけるかも。
外の扉を開くと内側にじゃばらの扉が。古い映画でみかけるかも。
蛇腹をひらいたところ。90年以上使われている扉だ。
蛇腹をひらいたところ。90年以上使われている扉だ。
荻窪
初訪問でこのエレベーターを使うとなると、そういう失敗しそうですものね。今の時代、手動開閉式エレベーターに慣れてる人なんてそうはいませんし。
宇井野
ですよね。案内してくれた菅原電気株式会社の方は入社当初はこのレトロさが新鮮だったが、毎日そこで仕事をしているとそのうち特別なものとは感じなくなってくる。でも今回の取材のように私たちが驚きながら見学しているのをみて、自分が日常的に過ごしている空間、勤務環境の持つ魅力を思い出します、とおっしゃっていました。ちなみに、この方が第1菅原ビルで一番チャーミングだと思うのはエレベーターです、とのこと。
荻窪
ただ建物自体については、菅原電気さんもはっきりとは記録が残ってなくてわからないことが多いそうです。
宇井野
長く使っている建物なので、少しずつ修繕されており、当時のまま残っているのは、階段室の窓や入口の床くらいではないかという話でしたね。
荻窪
そうそう、エレベーターも魅力的ですが、階段の踊り場にある窓もいいんですよね。外から見ていたとき、丸窓がすごく気になっていたので、中からも見られてうれしいです。
ビルの一番右が階段室。上下の丸窓に挟まれて細長い大きな窓がある。竣工当時のものだ。
ビルの一番右が階段室。上下の丸窓に挟まれて細長い大きな窓がある。
竣工当時のものだ。
踊り場から見る丸窓。階数表示の文字もなんだかよい。
踊り場から見る丸窓。階数表示の文字もなんだかよい。
荻窪
その上の縦に長い大きな窓もいいんですよね。古いガラスや窓枠がそのまま使われていました。
丸窓の上にある縦長の大きな窓。おかげで中があかるい。
丸窓の上にある縦長の大きな窓。おかげで中があかるい。
この窓と窓枠は建築当時のものかも。思わずアップで撮ってしまいました。
この窓と窓枠は建築当時のものかも。思わずアップで撮ってしまいました。
宇井野
今回は特別に屋上にもあがらせていただきました。古いビルの屋上におなじみの、高いフェンスなどは設置されていないつくりです。映画の中に紛れ込んだような気持ちになりますね。
荻窪
この屋上も、竣工当初は回りに高いビルも少なく、眺めがよかったのでしょう。今はさすがにあれこれ囲まれてますが。
竣工当時は高い建物も少なくて眺めがよかったのだろうなと思う。屋上から南西方向。
竣工当時は高い建物も少なくて眺めがよかったのだろうなと思う。屋上から南西方向。
宇井野
フェンスがないので見下ろすのはちょっと怖いですが、豊岩稲荷の参道も見下ろせますね。
屋上からすずらん通りを見下ろすと、豊岩稲荷の幟が見える。
屋上からすずらん通りを見下ろすと、豊岩稲荷の幟が見える。
荻窪
まさか屋上も見学させていただけるとは思いませんでした。ありがとうございました。
屋上から北方向を見たパノラマ。
屋上から北方向を見たパノラマ。
宇井野
さて、この菅原第1ビルは、菅原電気さんにとっては純粋にオフィスとして使っている現役建物。ビルをアイコンとしてアピールしているわけでないということで、取材をお願いしたときはちょっと戸惑われていました。
荻窪
そういう中で今回は特別にお願いして撮影させていただいたので、気になった方は外からビルを眺めて、戦前からずっと使われている建物が今でも何気なく現役で使われていて、カフェやうどんやさんも入っているのだなと思っていただけるとうれしいですね。宇井野さんはここのカフェにも行かれたんですよね。
宇井野
はい、ここの椿屋珈琲さんは、立地の特性を十分活かしていて、まず、入り口の階段には古地図の上に店舗の位置をマークしたディスプレイがあります。店内も戦前のレトロなインテリアに設えてあり、一瞬、この内装はもともとの菅原第1ビルなのかしら、とちょっとした錯覚が楽しめます。荻窪さん、第1菅原ビルを訪れてみてどうでした?
荻窪
銀座をぶらぶら歩いていて何気なく見つけたビルでしたが、実際に中に入ることができて感無量でありました。こういうビルが普通にモダンな街に溶け込んで現役で使われているのが銀座という街の面白さのひとつだなと。昭和前期から令和まで全時代の建物が混在しているのですから。そうそう、中央区のWebサイトに「建築材科学の権威であった吉田享二が手がけた建築作品として貴重である。枠取りした窓を規則的に並べたモダニズム建築である」と書かれてました。吉田享二という方は、建築家というより研究者だそうですから、手がけた建物はもともと多くはないのでしょう。エレベーターは不便かもしれませんが、そういう希少価値もあるのですから長く残ってくれるといいですね。
宇井野
きっと完成当時は最先端の建物としてきらびやかに登場し、長く現役で活躍するうちに世の中に溶け込んでいった。そして今は、貴重な建物として時間の堆積を見せてくれている。なにか愛しさのようなものも感じますね。荻窪さん、今日は椿屋珈琲さんでお茶を飲んで締めくくりましょう。