銀座たてもの探訪

銀座たてもの探訪

銀座たてもの探訪 第3回 丸の内TOEI

建物がその役割を終えてしまう…残念ですが、その日がやってくることを逃れることができない場合もあります。最後の日まで存分にその施設を活用する。それが建物への一番のねぎらいかもしれません。

数寄屋橋交差点から見た東映会館(丸の内TOEI)。
数寄屋橋交差点から見た東映会館(丸の内TOEI)。
宇井野
荻窪さん、今回のたてもの探訪は丸の内TOEIの東映会館さんです。
荻窪
丸の内TOEIというと……数寄屋橋交差点から見える外堀通り沿いの映画館ですよね。特に探訪するような凝った建物ではなかった気がしますが。
宇井野
それがですね、ここ、今年の7月で閉館して建て替えがはじまるのです。なのでその前に訪問しておきたいな、と。
荻窪
今回は失われてしまう建物を探訪するというスペシャル編なのですね。
宇井野
記録と記憶に残しましょう。
荻窪
昔から当たり前のようにあったのであまり意識してなかったのですが、建て替えるほど古いのですか?
宇井野
実は、1960年(昭和35年)竣工なんです。
荻窪
そんなに! なんと65年前。わたしが生まれる3年前じゃないですか。そんなに古い建物とは知りませんでした。言われてみると外壁や窓に昭和っぽさがありますね。
東映株式会社の本社兼映画館の「東映会館」。街に馴染んでいて65年前の建物とは思えない。
東映株式会社の本社兼映画館の「東映会館」。
街に馴染んでいて65年前の建物とは思えない。
宇井野
気になりません?
荻窪
なりますなります。1960年といえば、高度成長期に突入する頃で、娯楽の王様が映画だった時代ではないですか。そんな時代の映画館がどうだったのか気になります。どのくらい当時のものが残っているのでしょう?
宇井野
今回はそれを探りにいきます!

今でも味わえる高度成長期の映画館

宇井野
というわけで、ここ、東映会館にお邪魔していろんなところを見せていただいたり当時の様子を教えてもらったりしてきました。盛りだくさん過ぎてどこからお話しようか迷いますね。何からにいたしましょう?
荻窪
わたしは最初に素朴な疑問の解消からはじめたいのです。
宇井野
それはなんでしょう?
荻窪
東映会館は銀座3丁目にあるのに、なぜ「丸の内TOEI」というのか。丸の内といえば、JRの向こう側というイメージじゃないですか。正確にいえば、内濠跡にできた首都高速KK線の内側ですが、東映会館があるのは明らかに外側なのです。
宇井野
ああ。名前ですね。東映の方の話だと、東映会館の前に「丸の内橋」という橋がかかっていたことと、その向こうに丸の内と名がついた映画館がいくつかあったからではないかということでしたが。
荻窪
それほんとかな? と思ったので調べてみました。昭和28年……つまり戦後すぐでまだ東映会館が建てられる前の中央区の地図が手元にあったので見てみたのです。そうしたら。
宇井野
ワクワク。そうしたら?
荻窪
東映会館すぐそばに「丸之内橋」がかかってました! 丸の内へつながる橋という意味だったのでしょうね。そして丸の内橋の内側には丸の内ピカデリーという映画館もありますし、昔は丸の内日活や丸の内東宝もありましたから。丸の内TOEIという名前にはおおいに納得できますね。
昭和28年の中央区。まだ内濠が残っており、丸之内橋が架かってた!(東京都区分詳細図より「中央区」 日地出版 荻窪圭所蔵)
昭和28年の中央区。
まだ内濠が残っており、丸之内橋が架かってた!
(東京都区分詳細図より「中央区」 日地出版 荻窪圭所蔵)
宇井野
疑問が氷解したところで、高度成長期の娯楽の殿堂の粋を見せていただきましょう。
荻窪
ロビーがすごく懐かしい構造ですね。
丸の内TOEI 1のロビーを入るとすぐ劇場の扉が。座席表も懐かしい。
丸の内TOEI 1のロビーを入るとすぐ劇場の扉が。
座席表も懐かしい。
宇井野
懐かしいというと?
荻窪
今、映画館はシネコンが中心じゃないですか。シネコンだと各劇場につながる大きなロビーがあってそこで飲み物や食べ物を売っていて、ベンチやソファーもあって、自分が観る映画の上映時間が近づくと劇場へ向かうという形ですが昔はエントランスひとつに劇場ひとつだったので切符を買って中に入るとすぐ劇場の入口だったのですよね。
宇井野
なるほど、これは表で看板見て、「お、高倉健さん出てるね!」みたいにうきうきと切符買って、もぎりしてもらって、座席へゴー、というシンプルだけど、ぐっと盛り上がる動線だ。売店は小さなカウンターだけのようですけど、売店に「concession」と書いてありますね。映画館では売店をconcessionと呼ぶそうですがどんな意味なのでしょう?
ロビーのコンセッション。ここで飲み物やポップコーンを買うのだ。
ロビーのコンセッション。
ここで飲み物やポップコーンを買うのだ。
荻窪
それ、気になったので調べてみました。concessionには「許可」という意味があって、許可を得て営業している売店という意味で「concession stand」と呼ぶようになったのがルーツだそうです。
宇井野
わあ、全然知らなかった。なんかカッコいい名称ですよね。あ、ロビーに当時の名残を見つけました。あのお手洗いのピクトグラムがすごくおしゃれ。
化粧室の男女のピクトグラムにも注目。こういうディテールに歴史が隠れているのだ
化粧室の男女のピクトグラムにも注目。
こういうディテールに歴史が隠れているのだ
荻窪
ほんとうだ。化粧室への案内のピクトグラムが紳士と淑女って感じで、当時の劇場の雰囲気を感じさせますね。
宇井野
では劇場へ入ってみましょう。わ、ザ・劇場!ていうすごく贅沢な空間だ!
スクリーンが少し高い位置にあり、傾斜がすごく緩いのが特徴だ。
スクリーンが少し高い位置にあり、
傾斜がすごく緩いのが特徴だ。
荻窪
これも懐かしい。昔の映画館は一番後ろに扉があったのですよね。思い出します。そしてびっくりしたのが傾斜が僅かなこと。最近の映画館は客席の傾斜が急で、下にある出入口から階段を上って自分の席を探しますが、ここは階段がなくて傾斜も緩やか。よく見るとスリバチ状になってますね。
舞台側から見た客席。ゆるやかな傾斜や背もたれの角度がよくわかる。
舞台側から見た客席。
ゆるやかな傾斜や背もたれの角度がよくわかる。
宇井野
でも座ってみるとどの場所からもすっと視線の正面にスクリーンが入ってくる。場所によって椅子の角度も考えられているから、なのだそうです。
荻窪
広い舞台があってその上にスクリーンがあるという構造だから見やすいのですよね。今の映画館はスクリーンを見下ろす感じになりますから。
宇井野
舞台が広いから、役者さんの舞台挨拶にもぴったりなのですね。
荻窪
いまでは珍しくなった2階席もあります。これは贅沢な空間ですね。
2階席から。こちらからの鑑賞もよさそう。
2階席から。こちらからの鑑賞もよさそう。
宇井野
この二階席の正面は、かつての指定席だったところですよね。シートもちょっと贅沢。特別なデートの時に座る席!
荻窪
さて、この劇場でユニークなのが劇場の上の階は東映株式会社のオフィスになっているところ。しかも厚生施設として理容室もビルの中にはあり、そこは一般のお客様も使えるんだとか。
エレベーター脇にお馴染みの理容店のアレが。この奥に理容室がある。
エレベーター脇にお馴染みの理容店のアレが。
この奥に理容室がある。
宇井野
ここのご主人は、かつて銀座で理髪店を経営されていた方。常連さんだった東映の方が東映会館に出店してくれれば通いやすいし、とスカウトされたそうですよ。だから東映会館着工前の事もご存知で、東映会館が出来る前の空地時代の日曜日にはもぐりこんでキャッチボールもしてたこともあるそうです。
理容室前で。理容室は6月30日までだそうです。
理容室前で。理容室は6月30日までだそうです。
荻窪
映画が娯楽の王様だった時代の雰囲気を今でも味わえるポイントをまずは紹介したので、丸の内TOEIに来られる方はぜひチェックしてほしいですね。
宇井野
かつては喫茶店もあったそうですし、娯楽の殿堂、ですよね。

こんなところに歴史の名残が

宇井野
続いて、もっとディープな世界へ行きましょう
荻窪
さらにディープというと、一般には公開されてない場所ですね。非公開……つまり社員や関係者しか観られない場所は、古い設備が残ってたりするのですよね。
宇井野
今回は特別に映写室も見せていただきました。
荻窪
この映写室にかかってる時計、めっちゃ古くありません? 書体も古いし。時計メーカーも書いてないけど、復刻版出したら話題になりそう。
映写室にかけられていた掛け時計。特にロゴも何もないけど、文字盤からしてすごく古そうだ。
映写室にかけられていた掛け時計。
特にロゴも何もないけど、文字盤からしてすごく古そうだ。
宇井野
荻窪さん、時計も素敵だけど、この窓!みてください。
荻窪
映写機の隣に確認用の窓がありますね。この窓はフィルム時代のままで、昔の映写機は途中でフィルムを架け替える必要があるため技師がチェックしながら回していたんですよね。その当時の映写室に最新のデジタル機器がまるっとそのまま入っているというギャップがたまりません。
65年前の映写室に最新のデジタル映写機というギャップがたまらない。
65年前の映写室に
最新のデジタル映写機というギャップがたまらない。
宇井野
あの出入口の狭い急階段を通ってこの機材を入れられたのはびっくりですよね。
映写室へ降りていく狭くて急な階段。ここを使ってデジタル機材を搬入?
映写室へ降りていく狭くて急な階段。
ここを使ってデジタル機材を搬入?
荻窪
空調も注目です。フィルム時代もデジタル時代も発熱がすごいですからね。さっきの映写機の前にはかつて水を流していた管が残っていましたが、水冷してたんですよね。エアコンがない時代は大変だったろうなと思います。あ、ここにも古い機材発見。
各種デジタル機材がセットされたラックの裏に開館した時からあるとおぼしきスピーカーを発見
各種デジタル機材がセットされたラックの裏に
開館した時からあるとおぼしきスピーカーを発見
宇井野
放送室からの放送を流していたスピーカーだそうです。その他の高度成長期ならではの名残も観てみましょう。今回、東映の方でもあり、東映マニアでもある方からおすすめの場所を教えていただきました。
荻窪
まずはこれですよね。階段の階数表示。数字の書体もいいのですが、階数表示の間にある稲妻っぽいマークがたまりません。
階段の階数表示が昭和レトロだ
階段の階数表示が昭和レトロだ
宇井野
ダストシュート、これも今は見ないですよね。当初はここにゴミを入れると地下にたまり、なんと、そこに焼却場があってその場で燃やしていたそうです。
ここを開いてゴミを放り込めばokというダストシュート。まさか地下に焼却場があったとは
ここを開いてゴミを放り込めばokというダストシュート。
まさか地下に焼却場があったとは
荻窪
どこかでゴミ収集車に載せ替えてるのかと思いきや、地下に焼却場があってそこで燃やしていたとは。今では考えられないですよね。
宇井野
地下には自家発電装置もあるそうです。つい最近まで現役活躍していたというからすごい。他に目に付いたのは「歩行中禁煙」のプレートがそこら中にあること。すごくいっぱいあって驚きました。
実はいたるところで目にした「歩行中禁煙」。室内で喫煙が当たり前だった大昔の時代のプレートらしく、歴史を感じるポイントの一つ。
実はいたるところで目にした「歩行中禁煙」。
室内で喫煙が当たり前だった大昔の時代のプレートらしく、
歴史を感じるポイントの一つ。
宇井野
そしてメールボックスも要注目です。各フロアに郵便を出すためのポストがあり、それが1Fのボックスにたまり、郵便局の人に渡すというシステムがあったのですね。
各フロアにあった投函口。よく見ると「ここから投函する郵便物には必ず切手を貼ってください」とある。
各フロアにあった投函口。
よく見ると「ここから投函する郵便物には必ず切手を貼ってください」とある。
荻窪
各階からの郵便物はどこに集められたのだろうと思ったら、1Fの受付にありました。「私設郵便差出箱」と書いてあります。いまは使用されていないのでもちろん使えないようにテープで貼ってます。こういう時代を感じさせるものが残っているのはうれしいし、貴重だと思います。
「私設郵便差出箱」とある。ここで郵便局が集配していったのだ。
「私設郵便差出箱」とある。
ここで郵便局が集配していったのだ。
宇井野
最後は屋上へお邪魔しましょう。屋上にお稲荷さんが祀られているのです。
荻窪
ここで「銀座いなり探訪」の番外編とは!
屋上に鎮座する「東映稲荷」。眺めもなかなかよし。
屋上に鎮座する「東映稲荷」。眺めもなかなかよし。
宇井野
銀座いなり探訪が終了した後にこんな素晴らしい稲荷社に出会えるなんて感激しました。なんて美しくて力強いのでしょう。
荻窪
扁額には東映稲荷とありますね。鳥居には歴代社長の名が。竣工時からここに祀られていたのかもしれませんね。空が広いのもいいですね。周辺に高層ビルが少ないので空が広く感じます。
東映稲荷の鳥居の隙間から見える東映のロゴ。
東映稲荷の鳥居の隙間から見える東映のロゴ。
宇井野
JR(当時は国鉄)からよく見えるので、壁面に映画宣伝の垂れ幕も垂らしていたとか。一時期はここでビアガーデンも開催されていたそうですよ。
荻窪
なんと。「仁義なき戦い」を観たあとで行くビアガーデンとかめっちゃ楽しそうではないですか。
宇井野
そんなわけで、地下から屋上まで、65年前に建てられた劇場を観てまいりました。
荻窪
当初は取り壊されてしまうたてものをこの連載で扱うのはどうかなと思いましたが、予想以上に歴史の痕跡が残っていて隅から隅まで味わい深かったですね。歴史って著名な出来事ではなく、こういうところに残っているのだなあと。特に前半で紹介した劇場の雰囲気はぜひ味わってほしいと思います。ここ、いつまででしたっけ。
丸の内TOEIで映画を鑑賞できるのはあとちょっと。
丸の内TOEIで映画を鑑賞できるのはあとちょっと。
宇井野
2025年7月27日に閉館しますので、まだまだ時間はあります。開業が1960年9月ですから、65年弱の歴史でした。私も観に行きます。実はもう予約しました!
荻窪
映画が娯楽の王様だった高度成長期の映画館と、現代のシネコンの違いを身体で感じ取るいい機会ですからみなさまもぜひ。65年前の映画館で最新の設備で最新の映画を鑑賞する機会なんてなかなかありませんからね。

新しい技術や意匠の建築や戦前の古い建築ももちろん魅力的ですが、高度成長期ならではの当時にしかつくれなかった豊かさが詰まっています。味わえる貴重な残り時間に立ち会える方は、ぜひぜひお楽しみください。

丸の内TOEI閉館に伴い「さよなら 丸の内TOEI」プロジェクトが始動し、様々な上映イベントを予定しております。詳細は下記URLよりご確認ください。
https://marunouchi-toei-sayonara0727.jp/