銀座たてもの探訪

銀座たてもの探訪

銀座たてもの探訪 第8回 ビヤホールライオン 銀座七丁目店

乾杯しましょう、という時にまず思い浮かべるお酒の一つ、〝ビール〟。一人で飲んだり仲間と一緒に、など様々な楽しみ方があります。今日訪問するのはそんなビールを楽しむ場所として歴史を刻んできた「ビヤホールライオン 銀座七丁目店」です。

銀座六丁目交差点角にあるビヤホールライオン 銀座七丁目店(銀座ライオンビル)は昭和9年築の国の登録有形文化財。
銀座六丁目交差点角にあるビヤホールライオン 銀座七丁目店(銀座ライオンビル)は昭和9年築の国の登録有形文化財。
宇井野
今年の夏も暑いですね!ビールが美味しい季節ですが荻窪さん、こちらのライオンビヤホールはいらしたことありますか?
荻窪
かなり昔のことですが……若い頃、ここで壁画を観ながらビールを飲んでソーセージ食べました。美味しかったことをよく覚えています。懐かしい。
宇井野
ライオン、と聞いてビールを思い浮かべる方も多いでしょうね。ビール好きな友人をもてなすのにこちらを利用するとすごく喜んでもらえます。ソーセージの他にもアイスバインとか、ビールに合うメニューがそろってますし。そういえば、ビールはすっかり私たちの生活の中の身近な飲み物になっていますが、いつからそうなったんでしょう?
荻窪
今回、ビヤホールだ、ってことでちょっと調べてみました。ビールが日本に入ってきたのは明治になってからと思いきや江戸時代でした。
宇井野
それはびっくり!
荻窪
当初は主に外国人が自分たちで飲むもので、日本で本格的に飲まれ始めたのは明治です。横浜に外国人居留地ができるとビールへの需要が高まり、日本初のビール醸造所が造られたそうです。やがて西洋料理店などでも提供されるようになり、横浜と鉄道でつながっていた新橋には、日本初の「恵比壽ビヤホール」が誕生します。
宇井野
どのあたりにあったんですか?
荻窪
今の銀座八丁目です。博品館の向かい側。当時の写真を見つけたので見てください。
新橋から銀座を見た写真で、左の時計塔が博品館、右手の建物の屋上に「ヱビス」とある。『最新東京名所写真帖』(明治42年 国立国会図書館デジタルコレクション)
新橋から銀座を見た写真で、左の時計塔が博品館、
右手の建物の屋上に「ヱビス」とある。
『最新東京名所写真帖』(明治42年 国立国会図書館デジタルコレクション)
宇井野
右側の劇場みたいな素敵な建物ですね。
荻窪
銀座は「日本最初の」が多いところですが、ビヤホールもそうだったんです。さすが銀座。そうそう、〝ビヤホール〟という言葉は明治32年に開業した「恵比壽ビヤホール」の成功とともに、日本で広く定着していったのだそうです。今は「ビア」と書くこともありますが、ライオンは昔ながらの「ビヤホール」という呼称を続けています。
宇井野
しかも「ビヤホールライオン 銀座七丁目店」は昭和9年築の、現存する日本最古のビヤホールなんです。
昭和9年から営業している、現存する日本最古のビヤホール
昭和9年から営業している、現存する日本最古のビヤホール
荻窪
昭和9年ということは、関東大震災後の復興期に建てられた建築ですね。現役ビヤホールとして今でも賑わっているというのがすばらしいところです。では早速中を見せていただきましょう。
宇井野
大日本麦酒の本社ビルとして建てられ、1階がビヤホール、2階がビヤレストランだったのだそうです。今の建物は階数は増えていますが1階と2階の役割は変わらず。営業時間前なのですが、今回は特別に1階のビヤホールを撮影させていただきました。
いよいよ中へ入ります
いよいよ中へ入ります
荻窪
おお!昔来たときの記憶そのままです。全然変わってません。あのときは昭和9年のままだとは知らず、レトロで重厚な雰囲気がいいなあと思っただけでした。
入口を入るとすぐビヤホール。昭和9年から変わらない床や天井や柱や照明。そして奥にはモザイク画。
入口を入るとすぐビヤホール。昭和9年から変わらない床や天井や柱や照明。
そして奥にはモザイク画。
宇井野
歴史的な建造物が現役で活躍している、しかも、気軽に入れる、というのはすごいことですよね。
荻窪
外観はかなり時代に合わせてきれいになってますが、中は昔のままなのですね。重厚な柱に支えられてますが、シンプルなホールになっているのが長く使えている秘訣なのかも。高い天井のアーチもいいですよね。
宇井野
設計したのは、フランク・ロイド・ライトの影響を受けたことで知られる建築家、菅原栄蔵です。直線や幾何学をつかった空間構成がとても印象的。
荻窪
ひとつひとつがすごく凝ってますよね。それもまた雰囲気があっていいですよね。やはり最初に目に付くのはカウンターの奥にある壁画なので近くからよく見てみましょう。
銀座のビヤホールライオンといえばこの壁画だが、描かれているのは…
銀座のビヤホールライオンといえばこの壁画だが、描かれているのは…
宇井野
このガラスモザイクの壁画は、最初は外国の収穫の様子のように見えるのですが、細かく見てみると、日本なんですよね。ビール麦を収穫する様子を描いたもので、奥に見えるのは麦酒工場だそうです。
荻窪
ほんとだ。しかもおかっぱ頭の女の子もいます。
宇井野
これは、すべて日本人の手によってつくられたという意味での日本初のガラスモザイク壁画となります。約250色のガラスが使われていますが、その色を作り出すために、4万6千色ものガラスが試作されたと説明されています。
よく見ると、左下の女の子は昭和っぽいおかっぱ頭。
よく見ると、左下の女の子は昭和っぽいおかっぱ頭。
荻窪
正面の大きなモザイクの他にも両側の壁面にある縦長のモザイク画もあります。これも建築当時からのものなんですね。
宇井野
じっくり眺めていると花のモチーフの他に小さな虫たちが描かれていて楽しいです。
窓がない側の壁にある五角形のモザイク画
窓がない側の壁にある五角形のモザイク画
荻窪
カウンターの両脇にある甕のようなものも気になりますね。
宇井野
これはビールの仕込み釜をモチーフにした噴水だったんだそうです。今は水は流れておらず、オブジェとして存在していますが、いいアクセントになってますよね。
今はライトアップで雰囲気を出しているが、もともとは噴水だった。
今はライトアップで雰囲気を出しているが、もともとは噴水だった。
荻窪
道路側には小さな窓と、四角いモザイク画があります。その下には暖炉っぽい意匠のものが。でも場所的に暖炉ではないですよね。
道路側には小さな窓の間に四角いモザイク画が。その下にあるのは暖炉のような意匠だけど……
道路側には小さな窓の間に四角いモザイク画が。
その下にあるのは暖炉のような意匠だけど……
荻窪
近づいてみましょう。あ、冷気が出てる。なんと空調設備がここに。
実は冷暖房の空調設備で、取材時は夏だったので冷気が吹き出していた。開業当初からの冷暖房完備。
実は冷暖房の空調設備で、取材時は夏だったので冷気が吹き出していた。
開業当初からの冷暖房完備。
宇井野
実は建築当初から冷暖房が入っていたんです。当時の最新技術ですね。飲食店としてこれほど大規模な空調設備を導入したのはここが日本で初めてなのだそうですよ。すごいですよね。
荻窪
その後、当時の設備に現代の空調システムを組み込んでずっと使っているのですね。これは要注目です。
宇井野
建物への愛着と誇りがあるからこそ、昔の意匠を生かしながら使い続けられるのでしょうね。この床のタイルもいいですよね。開業時からずっと変わらないそうです。
開業時から変わらない床のタイル。この幾何学模様が印象的
開業時から変わらない床のタイル。この幾何学模様が印象的
荻窪
この照明器具も当時の意匠を受け継いでいるそうです。電球を覆う丸いガラスグローブの大きい方にはビールの泡をイメージした水玉模様が施されていますね。小さなガラスグローブのシャンデリアは葡萄の房です。
この2種類の照明も伝統のもの。
この2種類の照明も伝統のもの。
宇井野
丸いガラスグローブ、淡い光を放っているものがいくつかありますよね。これはガラスグローブ自体が建築当時のもので、同じ形のものを新たに作ってもこの独特の光の淡さまでは再現できないのだそうです。
荻窪
開業から90年以上あると、どこかの段階でつい時代に合わせてリニューアル!などしたくなりそうですが、それをせずに当初の意匠を護り続けているのですね。
宇井野
このテーブルと椅子もスタイルは創業当時の形を引き継いでいるそうです。広いホールなのにパーティションがなくて、隣のテーブルが近いんですがこの小さいテーブルを自在に組み合わせてお客様の人数に対応するそうです。
荻窪
個人的には各柱に飾られたビヤホールの歴史を紹介するパネルも捨てがたいですね。最近掲示されたもので、「LIONの知らない世界」と題してディテールの解説がされています。天井に使われている抗火石という素材のこととか、昭和20~26年は進駐軍に接収されて進駐軍専用ビヤホールとなり、一般の人々は入れなかった時期があったエピソードとか。
各柱には「LIONの知らない世界」と題した解説が張られている
各柱には「LIONの知らない世界」と題した解説が張られている
宇井野
ところでビヤホールの名前なのですが、なぜライオンなのでしょう?
荻窪
実は明治時代末から大正時代にかけて銀座に3つの有名なカフェーができまして、一時代を築きました。ひとつは珈琲を飲ませる「カフェーパウリスタ」、ひとつは文化人のサロンとなっていた「カフェープランタン」、そして洋食レストランでもあった「カフェーライオン」。そのカフェーライオンの経営権が大日本麦酒(当時)に移り、「ライオンヱビスビヤホール」として開店したという経緯だそうです。カフェーライオンは五丁目、今の「ライオン銀座五丁目店」の場所にあったそうですよ。
宇井野
そうか、大日本麦酒の本社が置かれた七丁目で、ビールを広く親しんでもらう場としてのビヤホールと、銀座のカフェー文化がつながっていったのですね。
荻窪
2階のビヤレストランはもともと洋食レストランだったカフェーライオンの精神を受け継いでいるといっていいかも。
宇井野
ランチもやっているようなので、今度は食事にお邪魔しましょう。では最後に外観も観てみましょう。
荻窪
よく見るとわずかに痕跡、というか歴史を感じさせる部分がありますね。この窓はすごく古そうです。
この窓は古そう。もう開けられることもないそうです。
この窓は古そう。もう開けられることもないそうです。
宇井野
こちらの壁の格子も当時のものだそうですよ。
外壁ではこの格子状の意匠が当時からのものだとか
外壁ではこの格子状の意匠が当時からのものだとか
荻窪
もうひとつ、何気なく創建当時の名残が見える場所がありますよね。
宇井野
あの屋上ですね。見に行きましょう。
荻窪
一旦、ライオンを離れてGINZA SIXの屋上庭園にやって来ました。ここから銀座ライオン7丁目ビルを見下ろすことができるんです。そして現代的な空調設備などがびっしり並んだ屋上の片隅に、竣工当時のものではないかと思わせる構造物があるんですよね。
GINZA SIXの屋上庭園から見下ろした銀座ライオン七丁目ビル。空調設備にまじって当時からありそうな建築が。
GINZA SIXの屋上庭園から見下ろした銀座ライオン七丁目ビル。
空調設備にまじって当時からありそうな建築が。
宇井野
あの部分は位置から考えるとエレベーターに関係する構造じゃないかというお話でしたね。
荻窪
こういう何気ない歴史の痕跡を見つけるとわくわくします。
宇井野
ほかの階や、気になった屋上についても、いつか詳しく見てみたいですね。
荻窪
おお、それは続編も、ということかな。そしたらおさらいを兼ねた打ち合わせをビヤホールで…
宇井野
それ、打ち合わせじゃなくて打ち上げになっちゃいそうですね。どの場所も見応えたっぷりですが、荻窪さんならあのビヤホールのどの辺りのお席で楽しみたいですか?案内してくださった銀座ライオンの方は「カウンター前の特等席でゆっくりビールを飲んでみたい」とおっしゃってましたね。
荻窪
確かに特等席、ですね。でも真ん中あたりで歴史を感じながら飲むのもいいですし、柱や壁際のモザイク画を見ながらというのもいいですよねえ。壁も天井も柱もモザイク画も、どれもビールのつまみになりそうです。

明治以来、日本で親しまれてきた「ビヤホール」。そこは、立場や世代を越えて人々が集い、美味しいビールと料理を楽しむ社交の場でもありました。ときには、見知らぬ隣同士が楽しさを分かち合うこともあったでしょう。
銀座ライオンの建物は、そんな人々の姿を90年以上にわたって見守ってきました。今日もこの歴史ある空間には、楽しそうな語らいと「乾杯!」の声が響いていることでしょう。