Column and Interview

人間の可能性、「人間全体の進化」を2020年に感じよう
大前光市さん(左)と山口彦之さん(右)

Amazing Ginza! Talk No.3

人間の可能性、「人間全体の進化」を2020年に感じよう

2016年リオデジャネイロパラリンピック閉会式のセレモニーで、光る義足が印象深いダイナミックなソロパフォーマンスで世界を魅了したダンサーの大前光市さん。本トークでも、空間を瞬時に掴むしなやかな身体で撮影に応じ、山口彦之・銀実会理事長(空也)との同年代対談では、これまでの試行錯誤や、多様性と寛容、2020年への思いについて、もなかを片手にたっぷりと語っていただきました。

ハズレがないジャパンクオリティ

山口
実は未年の同い年なんですね。『ジャンプ』といえば「ワンピース」はピンとこない「ドラゴンボール」世代ですよね。
大前
まさにそうです(笑)。同じ頃に、同じことを勉強して、同じテレビを見ていたわけですね。
山口
大前さんといえば、リオデジャネイロパラリンピック閉会式でのダンスパフォーマンスが大変な話題でした。ご自身の世界がまたひとつ変わった瞬間だったのではないでしょうか。
大前
ソロでダンサーの名前が紹介されて踊ることは、それまでなかったそうで、とても光栄でした。
山口
来年の東京2020大会では、銀座もオリンピック・パラリンピックに関わるまちとして準備しています。銀座にはどのような印象をお持ちですか?
大前
ありとあらゆるものがある東京のなかで、銀座は「高級な文化」が集まっている場所というイメージです。高価というだけでなく、ちゃんとしている。ちゃんとした日本を知ってもらう時に、ハズレがないまち。東京2020大会で、海外から来る人に文化面でアプローチするなら、ぜひ銀座に寄ってほしいです。銀座で「ジャパンクオリティ」を感じて、持ち帰ってもらいたいです。
山口
ジャパンクオリティがキーワードというのは、まったく同感です。いま、お菓子や料理の分野でも、ジャパンクオリティは世界でとても高く評価されています。僕が和菓子の講師をしている海外資本の料理学校では、日本校で日本人のシェフに学びたいと、生徒の約8~9割は海外から来ます。
大前
僕、和菓子は結構好きなんですよ。公演などの本番前には、お弁当は食べずに、あんこが入った羊羹やお饅頭、大福をよく食べるんです。特に粒あんは小豆の繊維が入っていて血糖値も急激に上がらないし、食感もちょうどいい。
山口
和菓子は、糖質を気軽に手早く取るにはもってこいの食べ物です。「スポーツ羊羹」なんていうのもあります。せっかくなので、食べながら話しますか?
大前
すごい!持ってきてくださったんですか!?幻のもなか、玉手箱のように開けましょう。(ひと口頬張って)空也のもなか、初めて食べましたが、これは何と言うか…すごいバランスですね。今まで食べたもなかとまるきり違う。よく考えられている。大きさも形もちょうどいい。一口サイズがかわいくてインスタ映えしますね。そして、このあんこ。これは2つ目を食べちゃいますね(笑)
山口
昔は小ぶりだったんでしょうが、今の時代にはちょうどいいみたいです。うちは「焦し皮」です。歌舞伎役者の九代目市川団十郎さんが火鉢で炙ったのがおいしかったので、空也の初代がもっと焦がすようになったといういわれがあります。今も火で炙ったりオーブントースターで水分を飛ばすとパリッとしますよ。祖父は、「たね」と呼ばれる皮と中の餡が一体化する3、4日経った頃のほうが一体感が出て、すっと歯が通っておいしいと言います。お菓子として完成する頃合いだと。
大前
つくって3日後にお菓子として完成するってすごいなあ。形や大きさ自体はかなり古くに完成されたんですよね。僕は、試行錯誤した上で変わらないものは好きです。伝統といわれるものも、崎陽軒のシウマイ弁当も、それ以上変わらない完成された形。空也のもなかも同じですね。もなかの究極形態。

危機感からの試行錯誤と新たな展開

大前
僕は、試行錯誤してこの義足をつくって、今があります。通常は平らな底に窪みをつけたんです。人の足の裏や杖の裏の窪みと同じで、地面に噛んですごく立ちやすい。こういう義足を履いているのはたぶん世界で僕一人です。僕の試行錯誤の発想は、この20年ほどの間にだんだんと磨かれました。なんだか、もなかと似てるなあ。
山口
和菓子は既成概念が強い、枠が決まりきった世界なんですが、一方で和菓子屋が減っているという危機感は小さい店なりに感じてきました。それで、既に形になっているものを超えようと試行錯誤して、2011年に「空いろ」という新しいブランドを立ち上げました。枠を取っ払って、今まで和菓子を楽しむ機会が少なかった人に手にとってもらえるお菓子を考えました。和菓子は無くなりはしないはずですが、世の中に向けての表現や発信がうまくないので、変化のきっかけをつくろうと。
大前
もともとの「空也」とは別にということですか?
山口
空也は明治に始まった和菓子屋で、私で5代目ですが、別ブランドとして立ち上げました。和菓子屋はうまみもおもしろみもないと後継者が減る昨今ですが、僕はいろいろな可能性があると思っています。でも、その可能性をなくすような閉鎖的な枠が、10年前でもなお強くありました。ところが、この5年でその風潮が変わってきて、洋の素材をふんだんに使ったり、「ネオ和菓子」といわれるジャンルが出てきたりしています。
大前
ネオ和菓子!
山口
老舗も新たな試みをするようになって、業界が抱える問題は大きいけれど、より発展的な新たなフェーズに入ってきています。大前さんは新しいことに挑戦されてきたとき、不安や葛藤にどう向き合って、そこを抜けた先の明るい風景をどんな風に見てこられたんでしょうか。障害を負でなくチャンスと捉えて、リオの大舞台に立たれたのではと想像します。
大前
簡単ではなかったです。交通事故で障害を持ってしまった当初は、新しいものをすぐに創ることができるような状況ではありませんでした。でも僕は「危機感」はとても大事だと思ってきました。危機感があるから「何とかしなければ」となる。進化ってそういうものですよね。危機感があるから、新しくならなきゃと重い腰を持ち上げる。行動に出られたとき初めてその先に進化が起こり、新しいものをつくることができます。僕も「ネオ和菓子」ならぬ「ネオダンサー」だと思っています。
山口
ネオダンサー!
大前
僕も同じように、危機感から自分自身の身体の使い方や義足を開発しました。クラシックバレエダンサーだった自分の身体に、まったく違うジャンルのダンスやヨガ、武道などありとあらゆる動きを入れて、何を自分に残すか、どんな形になるのかを試行錯誤した結果、今の踊りがあります。そうやって多様性が広がっていくといいなと思います。時代にマッチした多様性はあっていいし、逆に多様でないと人も業界も生き残れません。残るものはもちろん残して、でもそれだけではおもしろくないから、率先して多様なものを生み出していく。自分はその担い手なのだと感じます。
山口
文化的な多様性や情報の発信という点で、銀座のまちは新しいものに寛容です。老舗は今もたくさん残りつつも、新陳代謝がものすごく早い。銀座の人たちは、マクドナルドもスターバックスも1号店は銀座に開店したというエピソードを話したがります。去年の11月末にできたここ「PLUSTOKYO」は、大きな括りでいえばクラブです。これまでも銀座にダンスホールはありましたが、これだけ大きな区画で、屋上ルーフトップも認可が下りているスペースは日本初らしいです。

人間が「別の進化」を遂げるのがパラリンピック

山口
銀座の同年代の和菓子屋やあんパン屋、あんこにまつわる仲間たちが共通して音楽好きで、集まって何か楽しいことをしようと、2016年から「アンコマンないと」というイベントをやっています。それぞれお菓子を持ち寄って、今まであんこが苦手だった人に「まあいいから食べてみてよ」と。その一口で「おいしい」って心をつかめたら、和菓子のファンになっていただけると思うんです。音楽とお酒と和菓子があるイベントをきかっけに、話が弾んで、人が集まって、コミュニティができました。大前さんは、最近の新しいご活動はありますか?
大前
Para Dance Creators」を立ち上げて活動しています。踊ることを通じて知り合った、まだ世に出ていないマイノリティや障害のあるパフォーマーたちと僕のイベントで踊ったり、こんなパフォーマーがいると紹介したり、彼らだけの舞台をつくったりしたりしています。プロを目指す多様なパフォーマーも育てていて、今日も指導に行きます。時間はかかりますが、銀座と同じように、クオリティがあれば今の時代は絶対に受け入れられる。一品ものの美術品のような価値を持てると思うんです。そんな人がたくさん出てくれば、人の見られ方そのものが変わると思ってやっています。2020年もその先の時代も、どんどん変えていくつもりです。
山口
運命を受け入れて、自分のなかでそれがふっと腑に落ちた先に、拓ける世界がありますね。
大前
ああ、わかります。最初は自分のことを受け入れられずに、まず「今の自分ではない何か」を目指しちゃうんですが、自分を受け入れる余裕ができたときに、先に行ける。
山口
僕は老舗和菓子屋の何代目といわれますが、そこに生まれたことも何かの運命で、今のところ、世の中でそれを全うできる人間は自分以外にいないんですね。自分の中でそれを受け入れることがすんなりはまった時、その先のつながりが開けて、世界も広がって、縁が一気に広がっていく瞬間がありました。大前さんも、もしかするとそういう瞬間があって道が拓けて、今の輝けるポジションを築かれたのかなと妄想していました。
大前
すごくわかります。社会に対してピースがはまっていくような感覚ですね。最初からそれを求めていたわけではないけれど、「ああ、自分はそういう役割なんだ」と納得できた時に、受け入れることができました。僕も含めて、日本のマイノリティダンサーを世界に知ってもらう活動は、続けて行きたいし、2020の大きなイベントはそれが広まるきっかけになればと思っています。
山口
銀座もここ5年くらい、障害者にやさしいまちでありたいと、小さなことから工夫を続けています。健常者はほとんど気づかないわずかな段差や放置自転車が、移動や生活上ものすごく困ることは実感しています。障害のある方々、サポートするご家族、世界各国から来る皆さんにやさしいまちをつくりたいです。
大前
車いすの方、確実にたくさん来ますよ、銀座に。
山口
ハートフルな気持ちでまちを楽しんでいただけるように、まちの人々のマインドが伝わる1年後の銀座でありたいです。障害者やマイノリティと呼ばれる人たちが身近にいないと、何が難しいのか具体的にわからないものですが、困難のいきさつや背景までもがちゃんと伝わるパラリンピックになったらと願っています。
大前
僕は、パラリンピックは、人間の可能性にチャレンジする大会だと思っています。可能性とは新しさであり、進化です。「以前できていたことが、できなくなってしまった人たち」ががんばっているのではなく、「別の進化」を遂げているんです。その部分に着目してほしい。それは障害を負っている人だけのことではなくて、人間全体の進化だと考えてほしいです。新しいことになっているんだ、新しいものが生まれているんだと、新種として捉えてほしいんですよ。2020年は、それを実感して影響を与え合う機会です。だから僕らがいるんですね。
山口
もなかの皮も「食べられる器」としてレストランで使われたり、「別の進化」を遂げています。今日は未来に希望を持てるお話をありがとうございました。ますますのご活躍を期待しています。

(2019年10月10日 PLUSTOKYOにて)

対談者プロフィール

大前光市(おおまえ・こういち)

大前光市(おおまえ・こういち)舞踊家、振付家/一般社団法人Para Dance Creatorsディレクター

1979年生まれ、岐阜県出身。24歳の時に交通事故にて左脚膝下を失うも義足にて踊り続ける。2016年リオ五輪ハンドオーバーセレモニー出演や紅白歌合戦にて平井堅と共演し脚光を浴びる。IPCワールドパラダンススポーツ世界選手権大会銀メダルなど国内外受賞歴多数。「個性」を魅力に変えるソロの振付や演出を行い、マイノリティーが活躍する「場」を作る活動を行っている。

山口彦之(やまぐち・ひこゆき)

山口彦之(やまぐち・ひこゆき)銀実会理事長(第68期)/空也

1979年生まれ。慶應義塾大学卒業後、2006年空也に入社。東京製菓学校へ通いながら、数年間製造現場で菓子づくりを経験。現在は5代目として経営に携わる。2011年、新業態の和菓子ブランド「空いろ」を立ち上げる。スイーツのような新感覚の和菓子でアンコの魅力を世界に伝えている。週末は野球やテニスなどスポーツを楽しむアクティブ派。銀座の仲間と音楽のある空間でお菓子とお酒を愉しむイベント「アンコマンないと」を主催。

  • 撮影 : 鈴木穣蔵
  • 構成・文 : 若林朋子
  • 企画・調整 : 永井真未、竹沢えり子(全銀座会G2020)、森 隆一郎(全銀座会G2020アドバイザー、渚と)
  • 会場協力 : PLUSTOKYO