銀座いなり探訪

銀座いなり探訪

銀座いなり探訪 第12回 満金龍神成功稲荷

立てば芍薬…という美しい人を植物になぞらえた言い方があります。
銀座の満金龍神成功稲荷はパワフルなお名前ですが花のような美しい在り方を教えてくれそうです。

現代の地図より、資生堂本社と資生堂パーラー。
現代の地図より、資生堂本社と資生堂パーラー。
荻窪
今回は銀座七丁目ですね。神社はどこに?
宇井野
実はこちらです。資生堂の本社!
荻窪
おお、これが「東京銀座資生堂」の資生堂なのですね
宇井野
そのフレーズ懐かしいですね。
荻窪
子供の頃、TVCMだったか「東京銀座資生堂」ってよく流れていて、ひとつの単語として覚えちゃったようなのです。今突然思い出しました。わたしは名古屋で育ったので、銀座がどういうところかもわからず、ただ「東京銀座資生堂」っていうリズムの良いフレーズが印象的で頭に残ったのですね。で、その資生堂にやってきたということは、資生堂のお稲荷さんがあるのでしょうか?
宇井野
そうなのです。今日は銀座資生堂を御守りしているお稲荷様へ伺うのです。
2013年竣工の資生堂本社。ここのお稲荷さまを訪問。
2013年竣工の資生堂本社。ここのお稲荷さまを訪問。
荻窪
資生堂本社の中に「日本写真会」ってありますね。なぜなのでしょう?
宇井野
初代社長の福原信三氏はフランスで芸術を学びつつ、写真作品も撮っていました。帰国して銀座資生堂の経営に従事しながら、『冩眞藝術』誌を創刊したのち、「日本写真会」を結成したのです。「アサヒカメラ」誌の創刊にも参画したそうですよ。荻窪さんも写真にはお詳しいですよね。
荻窪
詳しいというか、その「アサヒカメラ」誌にも時々寄稿してましたし、カラーページに写真を載せてもらったこともあるのですよ。かなりお世話になりました。でも、資生堂の福原信三氏がその創刊にもかかわっていたとは浅学にして知りませんでした。そんな歴史ある「アサヒカメラ」誌が2021年に休刊してしまったのは歴史的にもわたしの収入的にも大変残念です。
宇井野
創業者の有信氏が薬品や化粧品を世に出したり、ソーダ水やアイスクリームを提供した「ソーダ・ファウンテン」これは後に資生堂パーラーとなるんですが、それをオープンしたりしました。信三氏は有信氏の三男で、他に跡取りの方がいらしたので、ご自身は好きな芸術の勉強をされていたのでしょう。ところが事情で急遽、信三氏が後継者となり…というファミリーヒストリーがあるそうなんです。
荻窪
資生堂が直接のターゲットでもなんでもない男の子の印象にも残るアーティスティックな広告を作ってきたのは、福原信三氏の存在があったからなのでしょうね。
宇井野
では本題に入りましょう。大きなご商売屋さんが非常に信心深くて屋敷の守り神を大切になさっているのは今までの探訪でも拝見してきましたよね。
荻窪
はい。ここもそんなお稲荷様なのですよね。
宇井野
一般には「成功稲荷」として知られていますが、正式な名称は「満金龍神成功稲荷」といいます。
荻窪
すごい名前ですよね。「満金龍神」と「成功稲荷」が一緒になった名前といっていいのかな。成功稲荷は昭和2年に福原信三氏が豊川稲荷から勧請したもの。豊川稲荷は愛知県にある妙厳寺のことで、吒枳尼天(だきにてん)を祀ってます。その後、宗像大社から勧請して合祀されたのが「満金龍神」だそうです。宗像神社は福岡市にある非常に古い神社で、宗像三女神を祀っています。辺津宮に祀られている市杵島姫神は厳島神社の祭神としても有名な水の神様ですね。女神を祀っているところが資生堂らしいかなと思います。
こういうところの屋敷神は屋上に祀られていることが多いのですが、ここもそうなのでしょうか。
宇井野
はい。資生堂本社ビルの屋上に鎮座されてます。
荻窪
百貨店の屋上なら誰でもお詣りできますが、さすがに資生堂本社ともなると部外者はお詣りできないですよね。
宇井野
はい。普段は参拝謝絶の秘稲荷様で、社員の方などこちらで働いている方しかお詣りできません。
荻窪
ですよね。
宇井野
でも今回は取材ということで特別に参拝の許可をいただきました。
荻窪
それはありがたいことです。行きましょう行きましょう。
宇井野
では屋上へとエレベーターで。
荻窪
エレベーターを出たところに屋上の案内がありました。「資生の庭」という名で「鎮守の杜」「語らいの木陰」「知見の水辺」の3つのエリアにわかれているそうです。屋上庭園といった感じですね。
エレベーターホールにある「資生の庭」の解説。これを読むと庭園のコンセプトがよくわかる。
エレベーターホールにある「資生の庭」の解説。
これを読むと庭園のコンセプトがよくわかる。
宇井野
そうなのです。お社へ向かう前に少しお庭も拝見しましょう。「知見の水辺」から「語らいの木陰」を抜けて「鎮守の杜」で参拝です。
荻窪
奥にある池が「知見の水辺」ですね。
宇井野
ここには水場があって、ビオトープを構成しています。そこでは化粧品にお馴染みの薬草類が栽培されているのです。化粧品の原材料となる良質な水と植物。「資生」をテーマにした資生堂そのものを表現している図鑑のようなお庭なんですよ。
「知見の水辺」で栽培されている化粧品の原材料となるハーブた
「知見の水辺」で栽培されている化粧品の原材料となるハーブた
宇井野
そこからお稲荷様へ向かってまっすぐに伸びるのが「語らいの木陰」ですね。奥にお社がみえますが、その周辺に植わっている植物が何なのかわかりますか?
社員がテーブルでくつろげる「語らいの木陰」
社員がテーブルでくつろげる「語らいの木陰」
荻窪
植物は苦手なのですよねえ。あ、わかった。一輪だけ花が残ってました。「椿」ですね。
資生堂といえば椿。ひとつだけ待っていてくれました。
資生堂といえば椿。ひとつだけ待っていてくれました。
宇井野
そうなのです。資生堂のシンボル「花椿」ですね。様々な種類の椿が植わってます。シーズンには見事に咲き誇っているそうですよ。
荻窪
それは艶やかでしょうねえ。では参拝しましょう。
こじんまりとしながら椿に囲まれた「満金龍神成功稲荷」。普段は外部の人ははいれません。
こじんまりとしながら椿に囲まれた「満金龍神成功稲荷」。
普段は外部の人ははいれません。
宇井野
植物がこの稲荷神社の眷属のようにも思えてきますね。
荻窪
「満金龍神成功稲荷」って名前からしてもお詣りしたい人がすごく多そうなのですが、一般の人は参拝できないのが残念ですね。
宇井野
その点はご安心を。実は銀座の年に一度の神社イベント「八丁神社巡り」のときは、この資生堂本社ロビーに御旅所を用意して、誰でも参拝できるようにしてくださっています。
荻窪
ということは、そのときはこの資生堂本社のロビーにも入れるのですね。このビルは床も、随所に椿の意匠が施されているところも印象的なので、気になった方はぜひ。
「八丁神社巡り」のときは本社ロビー壁際の少し凹んだところに御旅所が設置される。
「八丁神社巡り」のときは本社ロビー壁際の少し凹んだところに御旅所が設置される。
荻窪
ところで、この屋上からの眺めはなかなかいいですね。南東には資生堂パーラー銀座本店のビルも見えます。色が特徴的なのですぐわかりますね。
資生堂本社の屋上庭園から見える「資生堂パーラー銀座本店」のビル。
資生堂本社の屋上庭園から見える「資生堂パーラー銀座本店」のビル。
宇井野
そうですね。あのビルは「東京銀座資生堂ビル」というそうです。行かれたことはありますか?
荻窪
実は昔……といっても1990年代ですが老舗レストラン巡りをしたことがあって、そのときランチを食べに生きました。高級レストランで緊張しましたが、くつろげるし美味しいしすごく気に入ったのを覚えてます。それこそが資生堂なのですよね。昭和16年の京橋区の地図をみると、しっかり「資生堂」と書いてあります。ずっとそこに資生堂があったのですねえ。
昭和16年の「京橋区詳細図」より。資生堂パーラーの一に「資生堂」と書いてある
昭和16年の「京橋区詳細図」より。資生堂パーラーの一に「資生堂」と書いてある
宇井野
化粧品にパーラー。銀座のモダンな文化を開花させてくれたんですね。銀座って奥が深いですよねえ。
荻窪
明治期の文明開化から現代まで常に最先端の歴史があって、でも全部が常に新しくなるのではなくて、残っていくものがあり、徐々に伝統が形作られていくという時の積み重ねが銀座の面白さですね。だからこうして記録や写真を残していくことが大切なのだなと改めて思います。