銀座いなり探訪

銀座いなり探訪

銀座いなり探訪 第4回 靍護稲荷編

新しい時代は古い時代ををこわすものなの?それとも上に積み上げていくものなの?
小さなビルが集まって大きな建造物に変身していくのを見ていると、そんなことをふと考えてしまいます。
老舗ののれんが新しいものに大変身した銀座SIX。今回はそこに鎮座する、いくつもの伝説をもった稲荷を訪ねます。

荻窪
お稲荷さんって、多くの人からいろんなことを祈願され期待されるので大変だろうと思うのだけど、特に江戸では商売繁盛と火伏せの神として重宝されていたのですよね。
宇井野
商売繁盛はよく聞きますよね。そして、火伏せ?
荻窪
つまり、火事除け、ですよね。江戸はすごく火事が多く、木造の家屋だから被害も大きい。防火は大事だったのです。そして古くから商売をしている店は、店の奥や、時には屋上に屋敷神のように稲荷を祀っていることが多いんです。
宇井野
なるほど、銀座は老舗が多いから、そういう訳もあって稲荷が多いのですね。
荻窪
そうなんです。
宇井野
さて。今日はこのお天気にぴったりな探訪先を用意しました。
荻窪
確かに今日はめちゃ晴れてますが……ということは屋上稲荷?
宇井野
そうです。こちらのビルになります。
銀座5丁目からみた銀座SIX
銀座5丁目からみた銀座SIX
荻窪
お。ここは銀座SIX。最初、なぜこの名前なんだろうと思っちゃいましたよ。銀座六丁目だからなんですね。あ、そしてここは以前、松坂屋があった場所ですね。銀座SIXになってからは初訪問です。
宇井野
ではエレベーターで屋上へ行きましょう。
荻窪
屋上へ行けるんですね。知りませんでした。
宇井野
はい、そして、この屋上は…

(エレベーター到着)

荻窪
なんとびっくり。明るくて綺麗でしかも華美じゃない良い屋上庭園ではないですか。しかも気持ちいい。高すぎず、低すぎず、ちょうどいい高さで東京をぐるりと見渡せていいですね。360度どちらも見られます。銀座周辺って、古くからのビルと新しいビルが混在していて、通りからだと区別がつかないのですが、上から見ると一目瞭然なんですよね。それが楽しいですね。松坂屋時代には、ここに遊園地があったりペットを売ってたりしたのが信じられないくらい。
銀座SIXの屋上は広くてシンプル。
銀座SIXの屋上は広くてシンプル。
屋上はぐるりと透明なアクリルの塀で囲まれており、東京を一望できる。
屋上はぐるりと透明なアクリルの塀で囲まれており、東京を一望できる。
宇井野
ふふふ。デパートがアミューズメントパークとして機能していた時代には、動物園として象がいたこともあったんですって。あ、ほら、あちらには、東京タワーも見えますよ。
東京タワー発見
東京タワー発見
荻窪
わー、これは楽しいなあ。ちょっとぐるっと見ていいですか?
宇井野
荻窪さん、少年の目になってますね、どうぞどうぞ。
荻窪
おおー、湾岸エリアも綺麗に見えますね。ビルの隙間から見えてるのは、多分房総半島。
ビルの隙間にうっすらと見える房総半島
ビルの隙間にうっすらと見える房総半島
宇井野
へえ、銀座から千葉県が見えるんですか?
荻窪
天気が良ければ見えます。方角的に房総半島だと思います。レインボーブリッジもちょっと顔を出してますね。
レインボーブリッジも顔を出してます
レインボーブリッジも顔を出してます
荻窪
スカイツリーは当然見えますね。どこからでも見えるスカイツリーは無事銀座SIX屋上からも見えました、よし!
スカイツリー方面に高いビルがないのでよく見えました。
スカイツリー方面に高いビルがないのでよく見えました。
荻窪
あ、これは壮観。銀座四丁目の象徴となってる和光の時計台を見下ろせるではないですか。いつも見上げてるものをこうして見下ろせるなんてすごく新鮮。ああ、角が丸いところとか、端っこに時計台がそびえているところか、よくわかりますね。おもしろいなあ、ずっと見ていられます!
銀座四丁目交差点の時計台をこうして見下ろせるのは不思議な感じ。
銀座四丁目交差点の時計台をこうして見下ろせるのは不思議な感じ。
宇井野
ところで荻窪さん、今日の目的はなんでしたっけ。
荻窪
はっ。稲荷だ。
宇井野
では、そこで後ろに振り返ってみてください。
荻窪
あ!稲荷だ!こんなところに…
屋上庭園の一角に靍護稲荷が鎮座してました
屋上庭園の一角に靍護稲荷が鎮座してました
宇井野
そう、銀座SIX屋上の、ちょうど銀座五丁目交差点に向いた角に、お稲荷様が鎮座してるのです。
荻窪
ビルを建てるときに、ちゃんと祠を建立するスペースを確保したんですね。
宇井野
名前は「靍護稲荷神社」です。ちょっと見慣れない漢字がありますが、「かくごいなり」と読みます。そしてこの場所は北東の鬼門を守る形ですね。
荻窪
「鶴」の異体字ですね。雨かんむりがついてます。鶴なので音読みして「かく」か。
宇井野
靍護稲荷は、もともとここにあった松坂屋デパートの屋上に祀られていたお稲荷様です。
荻窪
やはり老舗の屋敷稲荷ですね。そういえば、松坂屋って名古屋の老舗なんですよね。
宇井野
あら、そうなんですか?
荻窪
わたし、名古屋出身なのでそれなりに知ってるのですが、元々江戸時代初期から続く「いとう呉服店」が発祥なんです。それが1768年に上野の「松坂屋」を買収して「いとう松坂屋」とし、江戸に進出したんですね。江戸時代のお店の様子は「江戸名所百景」という広重による浮世絵に描かれてます。
江戸名所百景より。右の大きなお店が「いとう松坂屋」。
江戸名所百景より。右の大きなお店が「いとう松坂屋」。
宇井野
あ、このお店ののれん!今の松坂屋のロゴと同じですね。
荻窪
よく見るとロゴの右に「いとう」、左に「まつさかや」と書いてあります。このロゴは「井」(い)の中に「藤」を崩した文字が描かれてて、「松坂屋」なのにロゴは「いとう」なんです。
松坂屋の歴史を調べますと、明治43年には「いとう呉服店」として名古屋に百貨店を創業。のちに全店の名称を「松坂屋」に統一したのです。「松坂屋」自体は上野の古い呉服屋なので、名古屋の百貨店が東京に進出したというよりは、元々江戸にあった老舗が百貨店になったと思っていいでしょう。そして、1924年に銀座初の百貨店として「松坂屋銀座店」が創業したそうです。
宇井野
銀座で最初のデパート!そして、その最初のデパートにあった稲荷の話に戻りましょう。
荻窪
そうだ。靍護稲荷ですよね。
宇井野
この稲荷、もともとは鶯谷にあった稲荷社です。1815年、松坂屋の舎宅があった根岸にできて、そこに京都の伏見稲荷から勧進したもので、今でも荒川区東日暮里4丁目に残ってます。白狐に導かれてたどり着いた場所に豊川稲荷のお札があり、それを祀ったというお話も残っていて。面白いですよね、バラエティに富んだお稲荷様、という感じ。松坂屋の屋上には、守護稲荷としてその鴬谷から分祠しました。上野の松坂屋にも祀られてます。
荻窪
鴬谷の稲荷社、一度参拝に行ってみたいですね。
宇井野
そしてね、大正時代の大火の際も、靍護稲荷とその周辺は無事だった。火伏せの神として霊験あらたかと、上野の松坂屋にも銀座の松坂屋にも分霊が祀られているのです。
荻窪
松坂屋の神様ということですね。でも銀座SIXになっても松坂屋の神様が?
宇井野
そうなんですよ。実は松坂屋の時代より銀座SIXは敷地面積が大きい。かつての松坂屋は全体の60%くらいなんです。だから、ここは松坂屋だけの建物ではないんですね。
荻窪
ちょっと古い地図を引っ張り出してみます。えっと、松坂屋は銀座六丁目の一角ですが、これが通りを一つ超えて、この区画全体が銀座SIXになったのですね。
昭和40年頃の銀座付近歓楽街図。東京案内図(和楽路屋)より。赤く囲ったエリアのほとんどが銀座SIXに。
昭和40年頃の銀座付近歓楽街図。東京案内図(和楽路屋)より。
赤く囲ったエリアのほとんどが銀座SIXに。
宇井野
そうなんです。そしてあづま通りを取り込んで、ビルが建てられ、その代わり三原通り部分が拡張されてます。この統合にあたって、靍護稲荷は存続のピンチに。でも銀座SIXのオーナー連合の皆様が、それではいけない、と協力してくださって、無事残ることが決定されました。ビルの建設中は鴬谷の本宮に一時遷座され、竣工時に無事屋上にお戻りいただいて祀られたんです。神様が大きなお引っ越しを2回された、という感じですね。松坂屋時代は屋上の南西の角だったのですが、対角線上にあたる北側の角に遷りました。
荻窪
なるほど。見た目には松坂屋がなくなって銀座SIXになりましたが、松坂屋を護っていた靍護稲荷は引き続き銀座SIXの守り神として祀られているということですね。敷地は以前より広く、フロアもグッと増えたので、昔の何倍もの体積を見守らねばならなくなったという意味では、お稲荷さんも大変になったかなとは思いますが。
宇井野
でも松坂屋というひとつのお店のための神様から、より広く多くの人のためのお稲荷になり、そこから新しい伝統を作っていく、ということでもありますよね。そこには新しい暮らしの中の信仰が芽生えている感じがして、わくわくします。特にここは、東京の最先端のビルでありながらその屋上庭園で江戸時代から続くお稲荷様を尋ねるという現代ならではの参拝の形がありますね。

 稲荷神社らしい言い伝えをもつ靍護稲荷ですが、稲荷神社ではお馴染みの赤い幟や狐像などは置かずに、現代の景色との調和を保ちながら品よく鎮座されています。それは、この屋上庭園を訪れる人たちに対し、神社の方からアピールするのではなく、ふと気がついた人が、それぞれの思いと共に手をあわせてほしい、という今の時代らしい、人と稲荷との関係なのでしょう。江戸時代に根岸に勧請され、昭和初期から銀座6丁目の松坂屋を守っていた靍護稲荷は新しい形で銀座SIXを護っているのです。

見上げると稲荷のための場所が用意されているのがよくわかります。
見上げると稲荷のための場所が用意されているのがよくわかります。