銀座いなり探訪

銀座いなり探訪

銀座いなり探訪 第2回 朝日稲荷

銀座いなり探訪。いよいよ探訪スタートです。
一丁目から八丁目まである銀座ですが、みなさんが銀座と言われてイメージするのは三,四丁目ではないでしょうか。
四丁目交差点には時計台の和光と三越デパート、三丁目交差点には銀座松屋デパートがあり、まさに銀座の象徴となっています。
ということで、銀座三丁目の朝日稲荷神社が今回の探訪先です。
朝日稲荷は中央通りではなく、そこから少し奥に入った裏通り沿いに鎮座しています。
銀座三丁目交差点から松屋の松屋通りを昭和通りの方へ東に少し歩き、王子ホールの前をすぎると、小さな十字路の角、ビルの1Fに朝日稲荷の小さな拝殿が構えています。
稲荷は裏通りにあり、というのは基本ですね。

宇井野
荻窪さん、ここ、覚えてます?
荻窪
先日通りがかったとき、ちょうどシャッターが降りていたところですよね。
宇井野
そうそう。ちょうど5時だったかな。まさしくガラガラ閉店の場面を目撃しましたよね笑
荻窪
思わず動画を撮っちゃいました。
シャッターが閉まっていきました(動画からの切り出し)
シャッターが閉まっていきました(動画からの切り出し)
宇井野
ここは遥拝所、というか、ちょっと離れた拝殿なんです。せっかくなら御本殿でお参りしませんか?
注*遥拝所とは、離れた所にある神仏を拝むための場所のこと
荻窪
本殿へ上がれるんですか?
宇井野
ええ。エレベーターで屋上の本殿へ行けるんです。
荻窪
この神社、10数年前にたまたま通りがかって以来、近くにくると参拝するようにしてたんですよ。デザイン的に屋上に本殿があるのはなんとなくわかってましたが、一般公開はしてないものだと思ってました。しまった。行っていいと知ってたらもっと早く訪れていたのに。
2008年9月撮影。このときは屋上の本殿へ行けるなんて知りませんでした(おぎくぼ)
2008年9月撮影。このときは屋上の本殿へ行けるなんて知りませんでした(おぎくぼ)
宇井野
ではビルに入りましょう。入るとすぐエレベーターがあります。
荻窪
あ、ここははじめて入りました。ビルの8Fに社務所、屋上に本殿があるって書いてありますね。ってことは行っちゃっていいのか。
宇井野
平日は本殿のある屋上まで行けるんですよ。8階の社務所では御朱印もいただけます。
荻窪
上りましょう上りましょう。
宇井野
エレベーターは8階まで。そこからは階段で屋上に上ります。
荻窪
屋上へ続く扉に「屋上本殿へはこちらの外階段からおあがりください」と書いてありますね。親切だー。
(外階段を上る。晴れていてよかったー)
(外階段を上る。晴れていてよかったー)
宇井野
さあ、屋上へ来ました。屋上がそのまま境内なのですね。旧暦の初午のお祭りもこの屋上で執り行われるんです。今や銀座三丁目の鎮守として空から見守ってくれている感じですね。
荻窪
ちゃんと手水舎も鳥居も本殿もありますね。銀座という地価が高い土地に神社を残すという工夫がされてますよねえ。しかも誰でも参拝できるように拝殿は地上にあるというのがよいアイデアです。しかも音が聞こえてくる……音?
宇井野
1Fの拝殿にマイクがついていて、それが拾った音を屋上にスピーカーで流してるんですよ。音や願い事がちゃんと本殿の神様に聞こえるように、ということですね。
荻窪
拍手やお賽銭の音が屋上に聞こえるというのは不思議な感じ。
宇井野
さらにもうひとつ秘密が!
荻窪
秘密が?
宇井野
地上の拝殿から上を見ると、屋上までつながるようなデザインになってるじゃないですか。
拝殿から上にパイプが伸びるようなデザインの壁面。
拝殿から上にパイプが伸びるようなデザインの壁面。
荻窪
なってますなってます。これはユニークだなあと思ってみてました。
宇井野
デザインだけなくて、じつは土を詰めたパイプで地上と屋上が「土でつながってる」んです。
荻窪
なるほど。屋上にある境内と拝殿と地面が土でつながっていると。
宇井野
神社本庁としては「屋根が大空に出ており、柱は土地に接していなければならない」(朝日稲荷神社史より)ということで、屋根は屋上なので大丈夫、柱は地面から土のパイプを這わせることでその土地に接しているということにしてもらったそうです。アイデアですよね。
荻窪
都心部ならではの土地を有効活用しつつ、神社の維持も図るケースですね。虎ノ門の金刀比羅宮や日本橋の福徳稲荷などもそうですが、デベロッパーと一緒に神社の境内地を再開発する、という最近増えてきた方法の先駆けだったのかも、ですね。ビルができる前はどんなだったんでしょう?
宇井野
実はこの一角が駐車場で、その2Fに鎮座してました。
荻窪
その前は?
宇井野
焼失してしまって詳細がわからないそうなんです。
荻窪
では、この「朝日稲荷神社史」で調べてみましょう。
荻窪
当初は三十三間堀に接して奉斎されたとありますね。おそらく明和・安永の頃(18世紀後半)に町内の守護神として祀られたのでしょう。
宇井野
三十三間堀は今の昭和通りのちょっと手前、朝日稲荷神社があるビルの1本裏手の細い道ですね。今は道路になってます。
荻窪
大正13年の東京の地図を見たらありました。「朝日バシ」と橋の名前も書いてあります。戦後、埋め立てられたようです。
番地入東京市街全図(大正13年 和楽路屋)より。荻窪圭所蔵。
番地入東京市街全図(大正13年 和楽路屋)より。荻窪圭所蔵。
宇井野
そんな古い地図を持ってるんですね。朝日稲荷の名前はその橋の名前からとったんでしょうか?
荻窪
さらに江戸時代の地図を見ると…まだ橋がかかってないんですよ。だから、朝日稲荷が先にあり、朝日橋の名前はそこからとったんじゃないかと思います。橋に近隣の神社の名前をつけるケースはよくありますから。天神橋とか稲荷橋とか。
江戸切絵図(嘉永2年 尾張屋)より。国立国会図書館デジタルコレクション。
江戸切絵図(嘉永2年 尾張屋)より。国立国会図書館デジタルコレクション。
宇井野
朝日、の名前はどこから?
荻窪
どこからきたんでしょうねえ。 築地のあたりは江戸時代の埋め立て地で低地なので、この辺りから朝日がすごくきれいに見えたのかも。意外とそんな由来のような気もします。
宇井野
そんな朝日稲荷も、江戸時代終わりの大地震で三十三間堀に水没してしまったそうなんです。この頃に大地震があったんですか?
荻窪
安政の大地震ですね。武江年表という江戸時代の出来事を詳細に記した本によると、元禄16年以来の大震なるべし、とあります。水没した後は?
宇井野
それが、興味深いお話があって。大正時代に奇跡が起きたらしいんです。関東大震災のあと、三十三間堀の水が引けて河底が見えたとき、なんと安政大地震で失われた御霊代(ご神体)が姿をあらわした。そしてそれを御本尊として朝日稲荷は再建されたんですね。
荻窪
そのご神体がなんだったのか、気になりますよね。なんだったんでしょう。
宇井野
それはね
荻窪
(わくわく)
宇井野
実は誰も知らないんです。社務所の方も見たことがないとおっしゃってました。見てはいけない尊いものですから。具体的にどういうものだったのかという記録もないそうです。踏み込んではいけない、畏れの域なんですよ、きっと。
荻窪
ですよねえ。ご神体が何であるか、ということよりも大地震で失われたご神体が、次の大地震で再び現れたということの方が重要でしょうし。
宇井野
以来、銀座三丁目の鎮守として再び崇敬を集めているわけですね。

 そういうわけで、銀座三丁目を訪れたら少しだけ奥へ入って朝日稲荷に参拝しましょう。屋上に本殿、地上に拝殿という都心ならではのユニークな構造の社殿の前で、多くの人が手を合わせる様子を見ることができます。