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レクチャーシリーズ

太下義之Vol.4 《都市戦略と文化プログラム》—銀座の文化資源とその活用の可能性

東京オリンピック・パラリンピックが開かれる2020年を控え、銀座というまちの新たな魅力を発見・発信できるよう、文化・芸術の専門家を招いて理解を深めるレクチャーシリーズ。第4回は、日本そして世界各国の文化政策の調査・研究をしてきた太下義之氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 芸術・文化政策センター 主席研究員/センター長:当時)をゲストに、銀座を4つの歴史的文脈から紐解き、未来へ受け継ぐべき「レガシー」について考えました。

講師:
太下義之氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 芸術・文化政策センター 主席研究員/センター長:当時)
日付:
2017年10月31日
場所:
銀座 蔦屋書店(GINZA SIX)

芸能のまちは時と世代をこえ、花を咲かせる

 東京の「劇場街」といえば、有楽町・銀座界隈に端を発しています。特に江戸時代の銀座は、能楽師がたくさん住む地域として知られてきました。現在も、観世通り(現・ガス灯通り)や金春通りなど、地名としてその名残がみられます。GINZA SIXが開業した際も、地下に観世能楽堂がオープンしたことで、明治維新後に観世家が徳川家から拝領していた屋敷を返上して以来、能楽が150年ぶりに銀座に帰還したと話題になりました。

 ここで太下氏は「日本の少子高齢化は、世界の最先端で進行しているので、やむを得ない部分もある」と考慮しながら、能楽をはじめとする古典芸能の観客層が高齢化していると指摘します。さらに、能楽は1日限りの公演が多く構造的にいわゆる「労働生産性」が低いこと(対して、ミュージカルなどはロングラン公演を行うことで興行収入を得ている)、そして明治時代以降、お稽古事として継承されてきた歴史があるため、他のパフォーミングアーツと異なり、ビジネスとして成立できていないと問題提起しました。

 太下氏は、10年後にも能楽に観客を呼び込めるよう、観客層の裾野を広げていくことと、能楽を新しい角度で発信することを強調します。前者では、増上寺で行われている薪能の社会実験(タブレット端末を用いて公演をテキストや顔文字 — 例えば、太郎冠者が笑っているときには (^▽^)、泣いているときには (T_T) など — で解説する)を例に、「福祉の領域で考えられた入り口が、実はハンディのある方々だけでなく、現代の人や外国人などさまざまな人がより古典芸能を楽しめるようになる」工夫につながると示しました。また後者では、14〜15世紀に観阿弥・世阿弥親子が能楽を大成した際に記した理論書、『風姿花伝』『至花道』の中の記述を引用して、「老いの芸能」としての能楽を再評価しました。演者が年齢を重ねるごとにその表現が衰退すると考えられている通常のパフォーミングアーツに対して、能楽や日本舞踊といった古典芸能の分野で、むしろ高齢になった演者が円熟した表現を持つとして活躍していることは、世界的に見ても稀有だと分析します。

 故・蜷川幸雄氏の手がけた「さいたまゴールドシアター」において、平均年齢70歳の役者が活躍し、海外公演も成功させたという事例も紹介し、「少子化については、もう少し社会政策的にアプローチして子供を増やすのはある程度可能なはずなんです。これに対して、高齢化はぜったいに止められないので、高齢社会自体をネガティブな言葉で語ることは無意味なんじゃないかなって個人的には思います。いかにポジティブに高齢化を語るか。21世紀の知恵として、日本の独特な行動やふるまいがこれからの社会をより豊かに生き抜くための大きなヒントになるのではないか」と話しました。

日本が誇る「食」を、世界が求めている

 2017年に文化芸術振興基本法が、名称も新たに、文化芸術基本法として改正・施行されました。一連の動きには、京都などで活躍する多くの料理人たちが「食文化」を明記するよう尽力したと言われています。旧法では「生活文化」の中に位置付けられていた「食」が、ひとつのジャンルとして明文化されることで、文化功労者や人間国宝に料理人が選ばれるといった大きな変化をもたらすのではないかという期待が寄せられています。こうした期待は国内にとどまらず、「和食;日本人の伝統的な食文化」が世界遺産に認定されたことも相まって、海外にも広がっていると指摘します。

 明治時代以降、日本は西洋の食文化を受容することで豊かな食文化を醸成してきました。その始まりは銀座と言われ、木村屋總本店(1868年創業、パン食の紹介)や煉瓦亭(1895年創業、オムライスやエビフライなど日本ならではの「洋食」を提案)、銀座千疋屋(1894年創業、日本初のフルーツパーラー)に資生堂パーラー(1902年創業、ソーダ水やアイスクリームの販売を通してモボ・モガ文化を牽引)と、誰もが知っている老舗が立ち並んでいます。また、各新聞社や広告代理店などが銀座・新橋周辺に多く社を構えていたということもあり、文化人が集う「カフェー」の文化が根付き、現在でもパウリスタやライオン(カフェー・ライオン:現・銀座ライオン GINZA PLACE店)に代表される喫茶店が多く営業を続けてきました。

 このような歴史を踏まえ、太下氏は「食」をテーマに開催された2015年のミラノ万博において人気を博した、日本のパビリオンを紹介します。一汁三菜の規則正しくバランスのとれた食事、発酵食品を取り入れたメニュー、出汁の旨味を重んじて素材の形を崩さない調理法、といった和食の基本の知恵を体験できる展示が、540分(9時間!)待ちにもなったという状況を鑑みれば、「日本の食文化に世界から熱烈な需要がある」だけでなく、「我々(日本人)が当たり前だと思っていても、一歩外に出ると当たり前ではない」ということは明らかです。つまり、和食の「地域や季節に応じた多様な食文化」は、寿司や懐石料理といった代表的なメニューだけでなく、私たちの生活にも染み込んでいる考え方自体を指していることがわかります。「私たちはこれをきちんと理解・対応できているのか」と疑問を呈しながら、食のミュージアムの整備などを通して今後は私たちが日本食を世界に発信する番なのだと語りました。

アートマーケットの創出をはじめよう

 銀座1〜8丁目にはギャラリー(画廊)が223軒あり、これは世界最大の集積地ともいえる数です。主は貸画廊で、シャネルやエルメス、リクルートなど企業がメセナで運営するギャラリーも多く存在しています。一方で「美術品をめぐる経済は活発とは言えない」と太下氏は主張します。銀座界隈では、特に現代美術の分野で「画廊の夜会」や「アートフェア東京」といったイベントが開かれているものの、バーゼルや香港、マイアミと比較するに耐えない市場規模にとどまっています。ここで太下氏は近年注目されつつある「フィンテック:financial technology」の応用を提案しました。

 フィンテックといえば、金融のデジタル化に伴い開発されたビットコインなどの仮想通貨を連想しますが、これを支える技術のブロックチェーンは、より大きな可能性を秘めていると言います。ブロックチェーンとは、金銭に限らない情報の連鎖を指しますが、例えば土地・不動産取引の履歴で実用化されています。このシステムとアートマーケットの親和性が高い理由は、作品の「追求権:resale right(著作権の一種、日本では未採用)」にあると太下氏は解説しました。作家の手を離れてから、時間を経たのち、作家の評価が高まった結果、作品価値が見直されて高額の取引になった場合でも、これまで作家の手元に残る収入はプライマリーマーケットで得た額のみでした。ところが、ブロックチェーンを導入することで、作品がセカンダリーマーケットで転売されるごとに、その作家に売価の一部が支払われるようになります。芸術家と作品とを紐付けておけること、そして作家自身の副次的な収入につなげることが期待されています。こうした「追求権」に基づいた仕組みは、2001年にEU指令に適用されて以来、徐々に世界で広がりつつあり、太下氏は「特に若手アーティストの支援に効果的」といいます。

 また、太下氏は、運搬不可能な巨大な石貨が表すように、「貨幣」はそもそも多様な価値を循環させる社会的な仕掛けだと紐解きました。「銀座」という地名の由来が、江戸時代に銀貨幣の鋳造所があったことを引き合いに出しながら、フィンテックを用いた美術振興とそこから生まれる社会的価値を循環させることができれば「本来の意味での『銀座』に立ち戻ることになる」と話しました。

私たちにできることは、人間らしいレガシーの創造だ

 芸能・食・美術と領域横断的な文化が育まれてきた銀座のまちは、1950年代、国内映画産業の最盛期に、象徴的に描かれてきました。『ゴジラ』(1954年公開)で、4丁目交差点に建つ和光の時計塔がゴジラに襲撃されて倒壊するシーンや、『東京物語』(1953年公開)で前年まで米軍接収下にあった松屋の屋上で夫婦が談笑するシーンにおいて、それぞれ「特別な場所」としての銀座が切り取られています。六本木の「東京国際映画祭」に対して、有楽町では「東京フィルメックス」が開かれるなど、多くの映画館が残るこのまちで映像文化は色濃いバックグラウンドを作ってきました。

 しかし、映像文化は音楽文化より後発で歴史も短いので、私たちもその理解に乏しい部分があるといいます。例えば、CD/DVDレンタル店の陳列棚でジャンルを判別する際、映像分野においては、音楽(ロックやヒップホップなど)のように構造自体による分類のリテラシーはまだ身につけられておらず、ストーリー展開を基準にした区別に限られていると指摘しました。太下氏はAI(人工知能)の開発がこの状況を打開し、人を先行していく可能性を感じています。ここで特筆すべきは、AIに出来ること、そして人間に出来ることの違いをより深く考えるべき時に来ているという点です。技術の発展と同時に、「クリエイティビティとか人間性の本質への回帰がより求められる時代になるのではないか」と太下氏は分析しました。

 最後に、「2020年の東京オリンピック・パラリンピックが大きな節目になる」としながら、何が「レガシー」になりうるかについて議論しました。ここで太下氏の言う「レガシー」とは、「現在から見て過去の遺物で非常に重要なものを意味するヘリテッジ」ではなく、「過去から現在、そして現在から未来へと継承すべき大切なものとしての遺産」を指していることが鍵となります。1964年の東京五輪を機に、東海道新幹線や首都高速が開通したことで東京の風景が一変しただけでなく、亀倉雄策のポスターから、デザイナーという職業が日本社会に定着したように。2020年の日本が目指す「文化芸術立国」の姿も、ひとを中心に据え、特にアーティストやアートプロデューサー、あるいはまだ名もないこれから生まれるクリエイティブな職種に就く「文化・芸術に従事する者が安心して、希望を持ちながら働いている」社会を実現する、というビジョンについて検討し、レクチャーを閉じました。

講師プロフィール

太下義之(おおした よしゆき)

太下義之(おおした よしゆき)

三菱UFJリサーチ&コンサルティング 芸術・文化政策センター 主席研究員/センター長:当時

博士(芸術学)。文化政策研究者、同志社大学教授、国際日本文化研究センター客員教授、公益財団法人静岡県舞台芸術センター評議員。文化経済学会〈日本〉理事、文化政策学会理事、デジタルアーカイブ学会評議員。東京都芸術文化評議会委員、2025年大阪万博アカデミック・アンバサダー、オリンピック・パラリンピック文化プログラム静岡県推進委員会副委員長、アーツカウンシル新潟アドバイザー、鶴岡市食文化創造都市アドバイザー。
https://active-archipelago.com/

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