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レクチャーシリーズ

清水敏男Vol.7 THE MIRRORが銀座でめざしたこと、そして今後

来たる東京五輪開催に向け、文化プログラムのあり方を再考し、銀座のまちとアートの掛け算を検討するレクチャーシリーズ。今回はキュレーター・美術評論家として活躍されている清水敏男氏をゲストに、現代美術作品をまちなかに展示することの意味について、そして実際にアート活動を始めるときの心構えと進め方についてお話を伺いました。

講師:
清水敏男氏(キュレーター・美術評論家)
日付:
2018年2月27日
場所:
the Snack(閉店)

表現が複合する時期は繰り返す:《THE MIRROR》

 清水敏男氏は、都市再生とアートをテーマに活動を展開されています。最近では、東京ミッドタウン日比谷のアート・キュレーションを手がけられました。さらにアートフェア東京においてデパートと協働するなど、もとはアートのためにつくられていない場所に作品を展示することで、その場所の文脈を際立たせるような手法を取られています。今回のレクチャーではまず、2014年に銀座で清水氏がプロデュースされた《THE MIRROR》という解体前のビルで行われたアートイベントについて、振り返るところから始められました。
 《THE MIRROR》では、銀座4丁目の和光の近くに建つビル、名古屋商工会館の解体を前に、25日間の会期中は6階建ての全館と2つのサテライト会場で34組による展示が行われたほか、連日アーティストやデザイナー、ミュージシャン、建築家、作家、キュレーター、編集者などに加え、銀座で商売を営む方々も登壇する特別セミナーが開かれました。内容はトーク・ワークショップ・パフォーマンスと多岐にわたり、好評を博しましたが、この形に落とし込むまで紆余曲折があったと清水氏は語ります。
 このプロジェクトの発端となったのは、ビルのオーナーが抱えていた会場の背景への問題意識でした。というのも、名古屋商工会館は戦災を免れたという歴史があるのに対し、「70年も銀座に建っていたのに、まちに何の貢献もしていないということで、何かできないか」と考えていたと言います。書類など当時の資料が戦災で焼けてしまい、戦前の用途も明らかではなかったこの建物を舞台に、清水氏はこのオファーを受け、「100年毎にクリエイティブなことが合体するのではないか」 、そして「今は表現のジャンルが細分化されているが、その複合の時期が繰り返されるのではないか」と思い至りました。アイデアの源になっていたのは、振付家・ダンサーのセルゲイ・ゲルギエフが主宰し、エリック・サティやピカソ、ヴァーツラフ・ニジンスキーら20世紀初頭のアーティストたちが領域横断的に作り上げたバレエ・リュスというバレエ団や、同時期に流行したアール・デコの文化です。戦前に建てられ、戦災により書類も消失したため、本来の用途も不明なビルでのイベント実施は行政との調整も難航しましたが、毎日セミナーを行い、その付随として展示が行われているという仕組みを作り、1日の入場者数も限定した上で開催にこぎ着けました。

新たな「ミュージアム」の提案

 前述の「複合」というキーワードは、《THE MIRROR》の参加作家に各分野の第一線を象徴するメンバーが選ばれていること、そしてメインイベントであるセミナーを毎日開催したことにとどまらず、名古屋商工会館という展示空間と動線にも反映されていました。清水氏は本展のカタログの寄稿でも、ミュージアム・ホール・図書館という合理性に基づく分断を指摘していて、これが管理運営の容易さを強める一方で、以下のように危惧しています。

“しかし今我々は人間の感性、知性がこうして分解、分析されることに疲れてきていないだろうか。本来人間はこうした感覚を自己の中に宿しているのであり、そういうものにトータルに囲まれていれば心地よいはずだ。都市、建築、グラフィック、インテリア、家具、絵画、彫刻、音楽など人間を取り巻く環境は一連のものなのだ。”
– 清水敏男「THE MIRROR クリエイティヴ・ミュージアムの提案」(p.118)より引用、清水敏男編著『THE MIRROR——クリエイティヴ・ミュージアムの提案』(東京書籍、2016)

 さらに清水氏は、以前の日本文化において上記のような多領域が並存する環境が自然であったことにも触れています。実際に会場では、フロアをいくつもの部屋に区切ったり、あるいは壁を抜いて一つの部屋に作り変えたりするなど、空間を使い分けながら、ジャンルを問わず作品を並べて展示していました。例えば3階は廊下に面したドアから作家ごとに分けられた各展示室を出入りするのに対し、4階では部屋と部屋の間の壁が抜かれているので、廊下を介さずとも展示室を行き来することができました。これに加え5階では、絵画・立体作品の展示室と並列に、隈研吾氏と松岡正剛氏が手がけたライブラリーの部屋を組みこむことを試みます。

“分断されてしまった美術、デザイン、音楽、ファッションなどの創造の諸分野を同時に体験し、さらに知的作業としての読書を通じて感性と理性の綜合をめざすこと、それがTHE MIRRORの狙いだった。”- 同、p.118より引用

 つまり、清水氏は銀座にあるひとつの廃ビルを「クリエイティヴ・ミュージアム」として見せることに挑戦したということです。このまちには企業が運営するギャラリーや、プライベートギャラリーが数多く存在しています。近年では、GINZA SIXの2階中央吹き抜けに草間彌生をはじめとする世界的に活躍するアーティストがインスタレーションを発表することが話題になるなど、展示の場はミュージアムのない銀座の中でも、さまざまに拡張しています。振り返れば、かつてはデパートの催事場も、主な美術鑑賞の場所のひとつでした。清水氏は、銀座というまちは、都市に生活する人々にとって、そのためにつくられた空間でなくとも、アートを楽しむことのできる場所になりうると語ります。

ディスカッション:「チャレンジ」の旗振り役を買って出る

 レクチャー後の銀座の方々とのディスカッションでは、主に二つのテーマについて議論されました。まだ「知られていない銀座」の活用について、そして「チャレンジ」する銀座の姿についてです。とくに後者について、清水氏は、「『何か銀座から生まれる』というクリエイティブな空気が必要」だと言います。
 参加者からは、「評価の定まらない新しい文化」を根付かせるために起業したいと考えている団体へのバックアップ体制を整えたいという声や、「学び直しの場」として共同で使用できるようなコモンスペースを創出するアイデアが話されました。また、建築などに比べ、アートに対する苦手意識がまだ根強いという不安から、待ち合わせ場所としてもアイコニックなパブリックアートを設置するという案が出されたほか、「銀座」というブランド力への期待に応えたいという意見も見られました。
 清水氏は、芸術文化のための施設、特に美術館などを建てるとなると、非営利の活動には自治体などの大きな協力が不可欠であるとした上で、銀座に個人商店が多いというコンテキストは、まちの強みである反面、方針決定のイニシアチブをとりづらいという一面を指摘しました。そこで、「旗振り役」となる組織・団体が現れることが重要なのではないかと主張します。特に銀座の場合は、前述の通り、日本の美術史において重要な役割を果たしてきた百貨店の復権にも、大きな期待を寄せています。
 そしてこの特色を生かすもう一つのアプローチとして、サステナブルな芸術文化活動をしていくために参考になるのは、「お祭り」なのではないかと提案しました。ここで先行事例としてあげられたのは、神奈川県・葉山市「葉山芸術祭」です。コミュニティで資金を出し合って、アーティストに制作費を助成するという枠組みで、25年続いているイベントとして紹介しました。清水氏は最後に、トップダウンではなく、地域ぐるみのボトムアップ形式の実践が、まだ「知られていない銀座」のデッドスペースの発見と活用にもつながるとし、レクチャーを締めくくりました。

講師プロフィール

清水敏男(しみず としお)

清水敏男(しみず としお)

東京都立大学人文学部文学科卒業、パリ・ルーヴル美術館大学修士課程修了。帰国後、東京都庭園美術館キュレーター (1985~91年)、水戸芸術館現代美術センター芸術監督(1991~97年)を経て、インデペンデントキュレーター、美術評論家として活動。1997年に清水敏男インデペンデントキュレーター事務所設立、2002年よりTOSHIO SHIMIZU ART OFFICE主宰。東京ミッドタウンをはじめとするパブリックアートのプロデュース、「上海ビエンナーレ2000」などの展覧会、上海万国博覧会日本産業館のアートディレクションなど、国内外で多岐にわたってアートワークをプロデュースしている。2004年より学習院女子大学・大学院教授をつとめる。2014年秋、解体前の名古屋商工会館で開催された「THE MIRROR」展でディレクターをつとめる。
https://tsao.co.jp/

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