レポート

Report

レクチャーシリーズ

特定非営利活動法人SLOW LABEL 塚原沙和Vol.8 多様性社会 —パラリンピックに向けて

2020年の東京五輪・パラリンピックを見据え、文化プログラムの可能性と街の開き方について知見を深めるレクチャーシリーズも最終回を迎えました。全8回を締めくくるのは、2021年以降の銀座のすがたを考えるため、特定非営利活動法人SLOW LABELのアシスタントプロジェクトマネージャーである塚原沙和氏をゲストに、これからの多様性をテーマにお話を伺いました。

講師:
塚原沙和 氏(SLOW LABEL アシスタントプロジェクトマネージャー)
日付:
2018年3月27日
場所:
Chairs銀座(閉店)

SLOW LABELの歩み

 特定非営利活動法人SLOW LABELは、ディレクターである栗栖良依氏を中心に、障害を持つ方と持たない方とを、アートやものづくりを通して繋げる活動を展開しています。講師にお迎えした塚原氏は、マネジメントスタッフとして、SLOW LABELに参画してきました。レクチャーはまず、今から10年ほど前に遡り、SLOW LABELの立ち上げ期についてのお話から始められました。
 2009年に、横浜市文化観光局から、スパイラル / 株式会社ワコールアートセンターが象の鼻テラスの運営を受託しました。象の鼻テラスは赤レンガ倉庫と大さん橋の中間地点に位置し、アートスペースを兼ね備えたレストハウス(休憩所)・文化観光拠点として整備されました。ここを拠点に、《横浜ランデヴープロジェクト》という事業がはじまりました。この事業は、国内外で活躍するアーティストを横浜市内の障害者施設に派遣。各施設で行われているものづくり活動やユニークな特技をもつ人など、アーティストの視点で気になるものを発掘し、プロダクトに転換する実験として行いました。この時期、栗栖氏は骨肉腫により右脚に障害を抱えますが、仕事に復帰しランデヴープロジェクトのディレクターに就任します。プロダクトは、栗栖氏のディレクションによってSLOW LABELというブランドが掲げられ、展示・販売されるようになっていきます。2011年にはブランドをNPO法人化し、ますます多角的な活動を展開することになります。
 横浜ランデヴープロジェクトの経験から、「施設に行ってモノを作っているだけだと、アーティストと障害のある方、そして施設の職員さんだけで完結してしまう。施設の『中』でやっている活動を『外』に持ち出して、『外』でみんなでやってみよう」という問題意識に辿り着いたと塚原氏は話します。その後立ち上げた《THE FACTORY》というプロジェクトでは、「アーティストの開発した『道具』や『製法』を用いて、市民が作る」ことをモットーに、プロダクトの完成だけを目的にせず、同じ時間を共有する人々同士の交流をより促す場の設計を試みます。こうした理念のもと、SLOW LABELの活動の場は、徳島、そして熊本にも広がり、現地のパートナーとともにものづくり・食への取り組みを続けてきました。それぞれ地元の特色を生かして、徳島では藍染製品を《BLUE BIRD COLLECTION》が、熊本では近隣の農園の野菜を使ったジェラートを《SLOW GELATO》が作っています。横浜で生まれたブランドが国内で輪を広げる中、ホームタウンで新たな試みを始めます。それが《ヨコハマ・パラトリエンナーレ》です。

ヨコハマ・パラトリエンナーレという祝祭—パフォーマンスアートのパワーを見つめる

 横浜での文化プログラムといえば、3年に1度実施される現代美術の大型芸術祭、《横浜トリエンナーレ》が思い起こされます。横浜美術館といくつかのサテライト会場で、街全体に作品が展示され、会期中は世界的に活躍しているアーティストの新作がまとめて見られる、またとない機会です。このアートの祭典と合わせ、「オリンピックにパラリンピックがあるように、トリエンナーレにもパラトリエンナーレがあってもいい」という発想から、SLOW LABELは2014年から3回にわたり障害を持つ方々による芸術祭を企画しました。
 3年に1度の芸術祭を3回、という限られた枠組みを設定した理由を、塚原氏は「3回目のパラトリエンナーレが終了する6年後には、『パラ』をつけなくても、障害を持つ人々がトリエンナーレで区別なく参加できる社会が実現しているように」という願いが込められているといいます。各会期にはテーマがあらかじめ設定され、2014年(第1回)は出会いと挑戦、2017年(第2回)は相互補完力の強化、2020年(第3回:2020年11月18日〜24日)は発信と連携、というように6年間でミッションを達成するためのストーリーをどのように描けるか、日々取り組んできました。

アクセシビリティに想像力を

 2014年(第1回)のメインコンセプトとなったのは、「first contact:はじめてに出会える場所」。会場は象の鼻テラスを中心に、アート作品を多く展示しました。しかし、ここで大きな課題となったのは、障害を持つ方々の参加が想定より少なかったということです。塚原氏は「アクセシビリティの問題—物理的にも精神的にも情報面においても—が大きかった」と分析します。具体的には、「ハード面の問題で会場に辿り着けない、という物理的な面はもちろん『自分にはできない』あるいは、親御さんが『この子には出来ない』と決めつけてしまう精神的なハードルがあった」といいます。また、紙文化が根強い福祉施設に対して、ウェブでの発信に頼り、告知が行き渡らないこともあったそうです。
 これらの気づきを生かして、2015年からは《SLOW MOVEMENT》というパフォーマンスプロジェクトを発足させました。出演者を一般公募して、年齢・性別・国境・障害の有無などを超えて集まった人々がまちなかでパフォーマンスを繰り広げます。塚原氏は「パフォーマンスの上演だけが目的ではなくて、最終的な目標に至るまでの前段階—どこが障害になっているのか、何をしてあげればそこが取り除かれるのか—を発見・解消していくためのプログラム」だと考えています。そこでSLOW LABELは「アクセスコーディネーター」と「アカンパニスト」の人材育成・導入に取り組みました。

手を差し伸べる方法を考える

 「アクセスコーディネーター」は、障害のある方がアート活動に参加しようとした時、その会場に来るまでの環境を整える役割を、「アカンパニスト」は創作活動の現場に入って、活動をサポートする役割を担います。どちらもまだ耳慣れない言葉ではありますが、前者には会場までのバリアフリーチェックをはじめ、情報の伝え方を参加者個々人のニーズにアレンジして電話やメールをする、後者には作品の世界観を保ちながら振付や段取りの手引きをする、といった実践が求められます。
 塚原氏は「2020年に向けても人材育成がとても重要だと感じている」とした上で、「アクセスコーディネーターやアカンパニストが文化・芸術の現場に限らず、街なかに当たり前にいる社会」を目指したいと語りました。「話し合いの場にひとり専門家がいることで、障害を持つ人の視点が少し加わる」ことに期待しています。

ソーシャルサーカスをめざして

 2017年(第2回)のパラトリエンナーレでは「sense of oneness:とけあうこころ」がメインコンセプトに掲げられます。初回からは会場・会期ともに拡大し、半年の会期を創作・発表・記録展示という3フェーズに分けて、参加したい人がそれぞれの方法とタイミングで来場できるようにプログラムが組まれました。
 メイン企画は公募で集まった市民パフォーマーによる《ウサギたち》と、プロのアーティストによる8つのパフォーマンスが組み合わさった、いわば「現代サーカス」でした。塚原氏はここで、海外で取り組まれている、サーカスを用いて障害のある方々の社会復帰をサポートする「ソーシャルサーカス」という概念を紹介します。出演者同士が自身の障害の有無に関わらず出会う機会を創出する点が、パラトリエンナーレの考え方に合うといいます。また「サーカスでジャグリングなどの技術的なものを極めるのではなく、演じることによって生まれるバランス感覚や操作感覚、協調性・社会性を育み、サーカス自体を目的ではなく手段として扱う」という考え方に共鳴していると話しました。

気軽にフィットネスができること:障害の有無を超えて

 レクチャーの結びに、塚原氏は現在SLOW LABELが取り組んでいるという、トレーニングプログラムの開発に触れました。塚原氏は、「障害のある方は、全くスポーツをやらないか、反対にパラリンピアンのレベルにまで到達するか、の二極化が進んでいて、健常者のように『ちょっと身体を鍛えるジム』が無く、肥満などの二次障害のリスクに繋がってしまう」と指摘しました。そこでSLOW LABELは、陸上競技だけでなく、エアリアル(天井の梁に吊った布を身体に巻き付けて宙に浮くパフォーマンス)の設備などを兼ね備えた施設で理学療法士やスポーツトレーナーの資格を持ったアドバイザーを講師に迎え、障害を持つメンバーが「気軽にフィットネスする」ことを目標に、自身の身体に合わせたプログラム開発を目指していると言います。
 半年間のモニタープログラムでは、障害を持つメンバーが、筋力をつけることで補助なく真っ直ぐ立てるようになったり、毎朝きちんと起床できるようになったりと、身体・精神の両面で効果が見られました。また、プログラムの後半では、健常者とのバディー制(二人組)を取り入れ、障害を持っていないメンバーも車椅子の仕組みや動きを分かりやすく伝える言葉を身につけたといいます。
 「個(民)と個(民)の相互補完で『障害者』というコトバが無くなる」2021年以降の社会を作るために、SLOW LABELはこれからも活動を続けていくとして、塚原氏はレクチャーを締めくくりました。

スローレーベルとは

スローレーベル

SLOW LABELは国内外で活躍するアーティストとともにコミュニティがかかえる課題を発掘しさまざまな分野の専門家や市民・企業・行政をまきこんでマイノリティの視点から社会課題を解決にみちびく「もの」「こと」「人」のしくみをデザインします。生産性を重視しがちな社会に「スロー」な感性をとりもどし、じぶんたちのあり方を問いつづけ、変化をおそれずに多様性と調和のとれた社会をめざします
https://www.slowlabel.info/

リンクをシェアする

All List