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レクチャーシリーズ

芹沢高志Vol.5 《街とアート》—地域芸術祭・アートプロジェクトの実践を通じて

全銀座会G2020が主催するレクチャーシリーズは、第5回を迎えました。今回も、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を控え、銀座という「場所」を再考します。数々の国際芸術祭のディレクターを務めてきた芹沢高志氏(P3 art and environment)のお話から、都市の祝祭のつくり方と、うごめく現場の生態系について、知見を深めました。

講師:
芹沢高志氏(P3 art and environment 統括ディレクター)
日付:
2017年11月30日
場所:
銀座・和光 和光ホール

はじまりはアートでなくとも

 芹沢氏は自身のキャリアの出発点を振り返るところから、レクチャーを始めました。「もともとアートの勉強をしてきた人間ではない」と語るように、芹沢氏は都市や土地利用計画分野のエコロジカルなプランニングを手がけるオフィスに勤めたのち、独立し、いろいろな巡り合わせで芸術祭のディレクターを依頼されるようになったと言います。そのきっかけとなり「人生を変えてしまった」のは、東京・四谷と新宿御苑の間にある禅寺「東長寺」の新伽藍建設プロジェクトだったそうです。
 開創400年を記念した事業として新しい伽藍を建てるという話があり、元の職場の友人と副住職(当時)と自分との同世代の3人で、何か新しいことをやろう、ということでプロジェクトが始まりました。世間はバブル景気の真最中で、資金面での苦労は免れたものの、不動産企業、銀行などから様々な(金儲け的な)提案が寄せられ「渦の中に巻き込まれて、自分たちが何をやりたいのか、改めてはっきりさせないと大変なことになると思った」と芹沢氏は当時を振り返ります。多様なバックグラウンドを持つ人たちが集まったプロジェクトチームは、訪れる人を待っているだけでなく「同時代に生きている人たち・文化に向けても、寺をひらいていかねば」という思いを、この計画の軸として策定していきます。リサーチをするうちに、東長寺のルーツが家康についてきた武家の学問寺にあることも分かり、「寺が学問・文化・医療など地域の中核施設として機能していた時代がある」ことにヒントを得て、一般にも開放できる講堂を地下に設計しました。この講堂は、ニューヨークのジャドソン記念教会(地下の倉庫を若者に開放したところ、ポスト・モダンダンスを牽引する拠点となったことで知られる)も参考にしており、「面白い動きがここから生まれるのでは」という期待が込められていました。新伽藍は1989年にオープンしましたが、1999年まで、講堂は現代美術を発信するギャラリーとして活用され、芹沢氏を中心に運営されます。多くの海外アーティストもその噂を聞きつけ展示を行うなど、結果として新しい表現を模索している人々のネットワークを構築する場になりました。
 芹沢氏は「アートの専門家ではないから、全部自分たちで一から考えていかねばならなかった…初めは『施設の運営なんて、週の半分くらい行ったらできる』と思っていたんですが…とてもそんなことではない。まさかこんな風に深く、30年近くアートに関わるとは思ってもみませんでした」と話します。

風景のなかに作品を置く:帯広・横浜

 東長寺のプロジェクトの終了後、芹沢氏は「独立したプロダクション」として「場所」と向き合う活動を広げ、帯広市での《とかち国際現代アート展「デメーテル」》の運営に携わります。十勝毎日新聞社など商工会議所の方々がドイツ・カッセルで開催された《ドクメンタ》(5年に一度開催される現代美術展)を、見学したことに端を発するこの芸術祭の構想は、2002年に実現しました。開催地の決定までに交渉が難航し会期が1年後ろ倒しになったというエピソードでは、「(芸術祭は)現代アートの中だけでの活動として完結できない。まちに出て行くと、いろいろな思惑とか動きがあるわけで、あんまり純粋に芸術性のことだけで突破できなくなることも(都市計画分野出身の)身体では覚えていた」と言います。帯広競馬場を会場に選んだ理由には、開拓120年記念事業という位置付けであったのに、地元住民の記憶から、その歴史が薄れつつあるという現実がありました。会場に使った厩舎地区には開拓初期を彷彿とさせる帯広の原風景が残っており、現代美術作品を点在させ、観客が風景と対話しながらその中を歩いていくという仕掛けをつくることで、この経済活動とは切り離された「風景の保管庫」を前景化することを試みました。「デメーテル」にはアーティストの川俣正氏も出展しており、この時の縁が2005年の《横浜トリエンナーレ》につながっていきます。
 2005年の《横浜トリエンナーレ》といえば、磯崎新氏がディレクターを辞任し、川俣正氏に交代したことで知られていますが、芹沢氏は川俣氏に声をかけられた際、この仕事を引き受けるかどうか悩んだと言います。決定打になったのは、山下埠頭先端の現役の倉庫を会場として使うという構想を川俣氏から聞いたことでした。「どうしても魅かれる『場所』がある」。ここは保税地区に指定されている二つの倉庫で、「日本なのか日本じゃないのか非常に曖昧で…当然市民の立ち入りができない」ところ。アートがひらくには格好のベニューです。会期中には海をバックにバーが営業するなど、作品展示にとどまらない空間が創出されました。
 「(こんな海辺の芸術祭では)基本的に他の美術館が収蔵している作品、高額な価値を持つ芸術作品をお借りして展示するっていうのは、そもそも難しいっていうか不可能なわけです…基本は新作、インスタレーションで…風景と切り離せない全体が芸術なんです」と言及しています。

深い体験にはたらく想像力:別府・さいたま

 前述の帯広・横浜の実践ののち、芹沢氏はゼロから芸術祭を立ち上げることに参与していきます。
 大分県・別府市の《別府現代芸術フェスティバル『混浴温泉世界』》(2009〜15)は、ヨーロッパで活動した後、帰国して地元・別府にアートNPOを立ち上げたアーティスト・山出淳也氏が芹沢氏に相談してきたところから始まった芸術祭です。別府は日本一の湧出量を誇る温泉地で、かつては新婚旅行や団体旅行(とりわけ男性客が歓楽街を利用していた)の旅先として栄えていたという歴史を持ちます。しかし近年になって、高級路線・女性客メインで賑わう湯布院とは反対に、少しずつ衰退しているという問題が浮き彫りになっていました。ちょうど同時期に瀬戸内国際芸術祭や大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレに、20〜40代の女性が多く訪れていたということもあり、現代美術を通してまちの再興に取り組もうとしました。芹沢氏は構想を練る中で、地元住民の外湯(銭湯)を中心としたお風呂文化に着目し、会場には「個人オーナーが一所懸命守っている歴史的な木造建物や、歴史はあるが文化財には指定されない長屋を選ぶ」などの工夫を加えて、少人数でのツアー型回遊を中心に、「大きくしていくだけではなく…鑑賞者それぞれに深い体験を与える」という丁寧なプログラミングを心がけました。
 一方、埼玉県・さいたま市の《さいたまトリエンナーレ》(2016)では、「場所性」を捉え直すのに苦労したと芹沢氏は振り返りました。埼玉にゆかりのある友人・知人にまちのイメージを尋ねても「何もない!」という返答に困ってしまったことから、発想を180度転換し、都心から30〜40分の便利な都市で「何でもあるのに、何にもないと感じるのはなぜか」と検討します。ここから生まれたのが「生活都市から生まれる、想像力の祭典」というコンセプトで、例えば、目/[mé]の《Elemental Detection》という作品では、緑のトンネルを抜けた先に突如、架空の池を出現させ、日常の不安定さの表象に取り組みました。
 行政と協働した芸術祭では、そのまちが抱える問題意識や予算によって、運営方法が千差万別のため、決して画一化はできないと言います。芹沢氏は、「短期的なにぎわい創出や経済効果、入場者数を求めるなら、キャラクターやアイドルのイベントを招致した方がいい」としながら、「それでも芸術祭をやると決めたなら、『何のためにやるのか』を真剣に考えるべき。地域にとっての必然性を持ったときに、『意外とアートは力を持つものだなあ』と感じています」と語りました。

見えないものを「かりそめ」に立ち上げるアートの力

 芹沢氏は、アートと言うと、今でも「天才」と呼ばれるアーティストがアトリエに籠って髪を振り乱しながら作品を制作するというイメージがある傍ら、ここまで振り返ってきた地域と協働する国際芸術祭・アートプロジェクトは『プロジェクトチーム』という発想に基づいて企画されており、どちらかというと映画づくりの『座組』に似ていると指摘します。「映画の最後に長いエンドロールが流れるように、まちを使っていくアートは、一人では対応しきれない…映像や音の専門家が入ってきたり、設えをつくったり、(関わる人が)ものすごくいる。監督が全体をまとめ、プロデューサーはまちとアーティストを媒介する役割を担う」と語りました。「真正面から対立すると、大事な部分を潰してしまうこともある」という交渉時のスキルも、プロデューサーやマネジメントスタッフには求められるようです。
 なお、「アーティストは、どんどん問題を提起するのに長けている生き物。…あたかも目の前に現れたかのように『かりそめ』に幻視を見せる力を持っている」と分析しました。ギャラリーのようなホワイトキューブ(白い立方体の空間)での展示と異なり、芸術祭やアートプロジェクトでは、作品が置かれた状況によって意味・文脈や価値が揺らぎかねません。ところが、芹沢氏は「ゲニウス・ロキ(場所の精霊、地霊)」という概念を用いて、むしろこれまで封じ込めてきた土地の力を蘇らせる可能性を芸術祭やアートプロジェクトに見出しています。銀座においてもこれは例外ではなく、まちとアーティストが関わりあうことで、地と柄が相互作用を起こし、「地元の人々が見えていなかったもの」を新たな視点から読み解くきっかけをつくるとし、レクチャーを締めくくりました。

講師プロフィール

芹沢高志(せりざわ たかし)

芹沢高志(せりざわ たかし)

P3 art and environment 統括ディレクター

1951年、東京生まれ。生態学的地域計画の研究に従事したあと、1989年、P3 art and environmentを設立。以後、現代美術、環境計画を中心に、数多くのプロジェクトを展開する。とかち国際現代アート展「デメーテル」総合ディレクター(2002)。アサヒ・アート・フェスティバル事務局長(2003〜2016)。横浜トリエンナーレ2005キュレーター。別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」総合ディレクター(2009、2012、2015)。デザイン・クリエイティブセンター神戸センター長(2012〜)。さいたまトリエンナーレ2016ディレクター。著書に『この惑星を遊動する』(岩波書店)、『月面からの眺め』(毎日新聞社)、『別府』(ABI+P3)など。

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